お膳立て

3/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 瑛が途中で駄々をこねる五郎をなだめすかしながら村へと到着したのは、夕刻に入る手前のことだった。林を抜けた先へ足を踏み出したとき、違和感に気づいて足が止まった。  濡れ雑巾のようにぐっしょりと濡れた編笠を外すと、何度か地面を踏んだ。 「どした? 何しとる?」  五郎も瑛の真似をしてほつれかけた草履の裏で地面を蹴った。 「おーい、そんなに濡れてどこほっつき歩いとったんだ?」  二人の帰りを待っていたのか、遠くから呼びかける声が聞こえてきた。同じように祝言の準備を指示された村の若人たちだ。  近付いてくると、若人の一人、お鈴がぎょっとしたように目を丸くした。 「なんでまた、そんなに濡れてるの! お寺さんのとこ荷物持ってくから、瑛さんと五郎は着替えてから来たら?」 「あっ、ああ……」  瑛は、またずぶ濡れになった背嚢を背中から下ろすと綺麗な赤地の着物を身に纏ったお鈴に手渡した。 「何、変な顔して? やっぱり、この色だと子どもっぽく見えるかな?」  お鈴は付いてきた二人の男に五郎の分の荷物も渡すと、その場でくるりと一回転した。結わえた黒髪の下に見えるうなじが瑛の目に飛び込んでくる。 「どう? 姉さんの祝いの席だからそこまで派手にはしないようにと思ったんだけど」 「……ああ」 「何? 素っ気ない返事ね」  お鈴は怜花(れいか)の二つ離れた実の妹だ。祝言の相手は、怜花とはじめ。二人はこの後夫婦(めおと)になるのだ。 「きっと、瑛さん。鈴ちゃんの色香に惑わされてんだ」  瑛の背嚢を片方の肩にぶら下げた男がにやついた顔で笑った。 「お鈴も、もう16だからな。でも、怜花さんには負ける」 「そりゃあ、姉さんは花のように綺麗だもの。はじめさんと並ぶとお似合いよ、きっと」  五郎の荷物を担いだもう一人の男とお鈴が笑い合う。式が迫っているからか、はしゃいだ空気が感じられた。  そんな空気を破ったのは、他ならぬ五郎だった。 「それでもぉ、やっぱおかしいよぉ。はじめにぃは桜ねぇと夫婦(めおと)になるって言ってた。なんで他の人と祝言を挙げることになるんだ?」  すぐに冷たい目が五郎に向けられた。空気が一変し、焼けた肌に冷たい風がひりつく。  誰かがため息をつくと、自然と場は解散し各々の役割へ戻っていく。五郎はまた答えをもらえなかった。 「あっ、そうだ」  せめて空気を変えようと、瑛は背を向けたお鈴に村に来たときに抱いた違和感を質問した。 「村は、雨当たらなかったのか? 山の下はひでぇもんだった」  不思議そうな表情でお鈴は振り返る。 「祝いの日にぴったりの快晴よ、ずっと」 「快晴? でも──」  瑛が雨を感じなかったのは、村に入ってすぐのことだった。そんな一変に天気が変わるなんてことが起こるだろうか。 「おぁああああ!!」  二人は肩を震わせた。五郎が急に奇声を上げたからだ。 「桜ねぇ! 帰ってきたのか!? それにはじめにぃも! 祝言って二人の祝言だったのかぁ!」  両手でぶんぶんと手を振る五郎の視線の先を瑛も追った。しかし、そこには桜どころかはじめの姿はない。それどころか、五郎が見ている辺りにはもう黒い影が広がっていて、誰の姿もなかった。 「こわぁ、なに? 急に」  お鈴が訝しげに五郎を睨みつけると、ぽつりと呟いた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!