御魂人形

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「……もう、諦めることじゃ。方々手は尽くした。それでも見つからないんじゃ。神様が見初められたのじゃろう。あれは本当に器量の良い()じゃった」  祖母──りち子は眉を下げると、何度もため息を吐きながら説得した。いや、無理矢理にでも納得させようとしていた。  そうしなければきっと、いつもどこか「遠い目」をしている孫──はじめが永遠に次にいけない、と考えたからだった。  今年で18を迎えたはじめは色黒く焼けた体を起こすと、何も言わずに立ち上がった。村の誰よりも率先して田畑を耕し、野山に分け入り狩猟も採集もこなすその体は逞しく、また老若男女誰構わず分け隔てなく接する気さくさも持ち合わせており、村を継いでいくのには十分過ぎると評判だった。 「はじめ……」  言葉を発さずに少し建て付けの悪い襖を開けて出ていこうとする孫の背に、りち子はもう一度声を掛ける。 「下手なことは考えるな。お前には未来がある。時も経てば心中穏やかになる、だから──」 「だから? ──桜にも未来があった」  感情を抑えたような声が静かに告げると、ピシャリ、と音がして襖が閉められた。 「……運命は残酷じゃ。けど、生きていかねばならん。男と女、交わればそれでいい」  はじめと桜は、幼い頃から互いに想い合っていた仲だった。精力的なはじめと違い、桜は珍しく短歌を嗜み、よく文を書くような対照的な存在ではあったが、互いの心内は言葉を介さずとも伝わり共にいて安心できる間柄だった。  年は同じく18。祝言を上げる間近のことだった。  忽然と村から桜の姿が消えた。夜に微かな悲鳴や複数の走る足音が聞こえたと村はずれの五郎が言ったことで攫われたのではないかと村中の男共が総出で山を降りて探索したが、結果は、姿を見つけたどころか手掛かりすらろくに掴めずに田植えの季節を迎えてしまった。  村は、ただでさえ何年も不作が続いていた。稲穂が実らなければ村が食べていけなくなる。諦めるしかなかった。それに五郎は怠け者でほら吹きと評判だった。村の者たちは次第に攫われたのも事実ではないと見なすようになり、りち子は半ば強引ではあるが「神隠し」として桜を終わらせようとしていた。  村にいる女は桜だけではない。確かに器量よく、働き者で腰までの長い黒髪と桜の花に例えられる端正な顔立ちは村の若い男共全員の目を引くほどであったが、他にも魅力のある女がいないわけではない。  女の多くは、はじめに憧れも抱いていた。桜以外の女と結ばれればそれでよし。村の安寧は保たれる。 「祝言の準備はもう済ませている」   りち子は、思案しながら畳の縁を見つめていた瞳を細めるとおもむろに立ち上がった。 ◇◇◇◆◆◆ お読みいただきありがとうございます。 こちら『御魂人形』は、本編のホラー長編『白無垢の呪恋唄』777スターお礼短編です。 『御魂人形』だけでもわかるようになっていると思いますが、本編と合わせて読むと、「これがああしてああなったのか」などとよりお楽しみいただけるかもしれません。 よろしければどうぞ(⁠^⁠^⁠) 本編はこちら→https://estar.jp/novels/26143249
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