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その一言で、一気のその場の空気は静まり返った。まるで、真夜中の夜のように。誰一人声を発しず、沈黙が流れる。
「でも、友達は我慢できなくて会社に着てるコートのポケットを探ったら…見つかったんだよ。まあ、この場合はネックレスだったらしいけどね」
「で、でも…どうして浮気してるって分かったの? ネックレスだけで。もしかしたら彼氏さんが自分で買ったのとか…」
「ね。私も聞いててそう思ったけど、友達は言った。『イニシャルと誕生石が彼氏でも、私のでもなかった』って」
その一言で周りの人々は納得した。恋人ならば、相手の誕生日や誕生石など相手に関わるものを身に着けることは当たり前のことのようだが、わざわざ違う人の物を着ける理由など〝浮気〟以外、そうないだろう。
「友達は2月生まれで、イニシャルはA。彼氏は11月生まれで、イニシャルはY。だけど、そのネックレスのは4月の誕生石のダイヤモンドと、Rだったんだ」
「じゃあ…それが…」
「そう。浮気相手の生年月日のものだった。―――だから、ポケットには秘密が入ってるよね」
「ほら見て。窓の外の空。こういう空って、黄昏っていうの」
「え?」
夕日が紅色に染まり、紫色の雲が薄くゆっくりと流れてゆく。全員がその光に染まりつつある中で、七瀬は一呼吸置いてからこう言った。
「この時間、人は正しい判断がつかなくなる。多分、この指輪をポケットに入れたのもほんの数分前の話でもおかしくないわ。いつも慎重でマメな性格のあいつがこんなミスを普段するはずがない」
「確かに…」
「これを、黄昏効果っていうの。心理学よ」
さすが、心理学専門卒業生と蒼井が呟く。18時を告げる鐘が鳴ると、皆我に返ったかのように思い出しそれぞれの部署、仕事へと戻って行った。
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