宣告

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-大正××年 七月二四日 水道町 「俺は悲しい」 「悲しいよ、俺は」 あ、倒置法だ。 石止が呟く。 大久間先生がギロッと彼を睨む。石止がしれっとした顔つきに戻る。 奴が黙ったのを見ると先生は教卓に手をつき、ガクンッと派手に俯いて話を再開する。 「大会までさ、あと10日だろう。わかるよ、各々焦りや、なんでもっと上手くなれないんだろう、きつい、悔しいって気持ちで押し潰されそうっていうのはさぁ」 逆に落ち着いてるけどね、八幡が茶々を入れる。先生が今度は睨むだけでは済まさずチョークをむんずと掴むと、思いきり投げた。豪速球で投げられたチョークは見事、八幡....の後ろにいた奥田の眉間にぶち当たる。なんで俺が、奥田が最もな不平を述べた。 「...でもよぉ、ここでさぁ、こういう形でその思いを表すのは違うだろうよ?ええ?お前だけじゃない、みんなだって辛いんだよ!みんなだって、っ、俺だって、苦しい思いをして、それでもここまで、勝ちたい!って思って毎日きつい稽古必死に乗り越えてきたんだろ、」 「剣道で、溜まった思いは剣道にぶつけろよ」 先生は涙ぐむ。 皆、黙ってそれを見ていた。 僕はもう余計な口を挟むなよ、という念を八幡に送っていた。 「自分の胸に手を当てて、心当たりのある者は、正直に手を挙げろ。今なら誰にも言わないし、俺はお前の弱い心を受け止める。」 みんな、目を伏せろ、という。 教卓にいる先生を除いて、6人しかいない教室。 目を伏せたところで、衣擦れの音で誰が犯人かなんてわかるに決まっている。 こんなとこで手を挙げるくらいなら、誰も面を失くすなんて馬鹿やらないだろ。 目を閉じる。 何も聞こえるわけがない、そう予測していた僕の耳に、バァンッという衝撃音が聞こえた。   思わず目を開ける。 「っ、な、なんだ!?....お前らは!」 音のした方向を即座に見る。 枠から外れ、吹っ飛ばされた戸。 その戸の裏から、下敷きになった先生が素っ頓狂な声をあげた。 先生同様、皆呆気に取られていた。 やけにすっきりとした入口から現れた2人を見て。 後から入ってきた、異様に背の高い男が言う。 「何っテ...、部員、デすヨ」 その言葉に、嫌な予感を覚える。 そして、案の定.....。 「おい、おい、こぉんなまたとない、きッちょーーーーーーーな異常事態の時に、新入部員だって?」 クソ、始まった! 「困ったなあ?いかなる時も冷静沈着、風林火山の心を持った負け知らずの名門剣道部の、こぉんな光景なかなかお目にかかれないよ?」 「瀬良」 八幡が指をパチンと鳴らすと、ハイ!と瀬良が勢いよく立ち上がった。 彼はどこから取り出してきたのか、貯金箱を持って今入ってきた男達の前に立つ。 それを見て八幡が機嫌良さげに、語り出す。 「....見学料及び入部体験料、あと生命保険と、場合によっちゃ素性を尋ねないでいてあげる料などなど、諸々合わせて...銀貨20銭だよ、新入部員君」 「こっから先は有料だ。見たけりゃ、金払え」
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