時雨の頃

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 ――誕生日おめでとう。久しぶりだけど元気にしてる?  そんなメッセージが送られてきたのは、最後にやり取りをしてから二年という年月が経った頃だった。細い指。長い脚。彼を形作るものを、私はずっと忘れられずにいる。それでも、めでたくなどなかったのだ、そのメッセージが来たことが。  店長にお昼にしたら、と休憩をもらって、近くのハンバーガーショップに入った。店内は平日だというのに意外と賑わっている。うちとは違い、人気チェーン店というだけはあるな、と思ってしまうが、個人の雑貨屋としてはやっていけているだけすごいとも思っていた。あんなに通っていたのは私だけなのかもしれなかった。今でも、社割でちょこちょこ雑貨を買っているのだから、私の雑貨好きも相当だ。  ケータイを開くと、やはりメッセージを見ずにはいられなかった。別れて二年が経つ、浩司からのメッセージ。いつも男性にしては珍しいすこし長い文章――勝手な印象だけれど、男性というのは端的な文章しか送ってこない――で、彼は付き合っていた頃もよくメッセージを送ってきていた。返信が遅いのは文章を考えてのことだったのかもしれない。  ――君と別れたことをいまだに後悔してる。  そう綴られた文章は、読むのにしんじられないほど私を躊躇させた。なんども深呼吸をして、なんども目を閉じた。後悔しているのは、必ずしも彼ばかりではない。ずっと忘れられずに新しい恋人も作らずにいるのは私の方だ。風の噂で、浩司に彼女ができていたことは耳にしていた。だから、きっと別れて人恋しくなっての連絡だろうと思った。そんな薄ら淋しいものにどうして私は巻き込まれなければいけないのだろう。  NO、と繰り返し言ってきた。最初、ご飯に誘われたときもNOと言い、付き合おうと告白されたときもNOと言った。それでもめげずに浩司はなんどでも誘ってきたし、引き下がらなかった。こんな私のどこが良かったのだろう。今でも不思議に思う。付き合い始めてからも、最初にベッドを共にするのすらNOと言った。私たちはゆっくりゆっくりと、そうして距離を縮めていったのだ。  ――別れたくなんかなかったんだ。けど、悪いのは俺の方だった。  続く内容は、思い出したくない記憶をいくらでも蘇らせる。記憶の奔流。押し寄せては私を襲う。なんど振り払ってもその濁流にのまれてしまう。  曇りだった空から、煙雨が降ってきた。細かい音もないその雫が、私の心を乱していく。停滞とどちらの方が楽だっただろう。
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