しょっけん濫用

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しょっけん濫用

 宮城部長はユーモア好きだ。いつも駄洒落を口にするし、落とし話、ジョークの類いを頻繁に言い放って皆を笑わせる。  私の直属の上司であるが、彼の部下であってよかったと思う。彼の発言は、毎日の仕事に潤いを与えてくれるのだ。  ところで、わが社の食堂は食券制だ。課長である私は仕事のひとつとして食券の事務管理を任されていた。ありていにいえば、食券を自由に扱える立場だった。  私は悪人だ。私の同僚、柴野に食券を横流ししていたのだ。額面の半分で売りさばいていた。ちょっとした小遣い稼ぎである。柴野もありがたがるし、ほとんど誰にも実害がないため、私は日常的に悪行に手を染めていた。  ある日宮城部長に呼び出された。宮城部長はニコニコしながら私に問いかける。 「きみ、食券の管理書類を見て気づいたのだがーー」 「はい」 「精算額が合わんのだ。月に一万円ほど、不足が出ている」 「はい」 「先日ねえ、柴野君を呼び出し、話を聞いたのだがーーというか、問い詰めたのだが」 「……」 「きみが食券を横流ししているそうじゃないか」  馬鹿野郎。柴野。そこまでしゃべったか。口の軽い奴め。  宮城部長は続けた。 「いかんよ。いかん。きみねえ、きみの行っている行為は、業務上横領だよ」  私は相手が宮城部長だったので、おどけて見せた。 「オウ、リョウかい」 「ふふふふ」  宮城部長は笑った。  やはり、度量の広い宮城部長だ。大ごとにすることなく、胸の内にこのことを納めてくれるつもりなのだろう。私が今後行いを改めれば、処罰なく許してくれるのだろう。  私はさらにおどけた。 「宮城部長。部長はこう言いたいんじゃないですか」 「なんだ」 「しょっけん濫用だと」 「ふ。わはははは」  宮城部長はおかしそうに笑う。私も笑った。 「あは、あは」  宮城部長は高らかに笑う。 「わはははは」  私もつられて笑う。 「ははははは」 「わははははは」 「はははははは」  宮城部長は断言した。 「警察に通報する」
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