エピソード・1 ♠ 葬送行進曲(ピアノソナタ葬送・第三楽章)

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エピソード・1 ♠ 葬送行進曲(ピアノソナタ葬送・第三楽章)

 第一章 アリスの不思議な世界  1・     「すべて花音のせいだわ」  忌々しそうな呟きが漏れる。  二年前の、パリで起こったあの事を思い出すたびに、今でも怒りが沸々と湧いてくる。  そもそもの発端は、咲姫の婚約者だった悪魔くん。(彼のフルネームはかなり長ったらしい)  ジャン=ルイ・ブノア・ラ・フォーレ男爵と言うのが正式な名前らしいが、元をただせば没落した貧乏貴族だったくせに、偉そうな名乗りだ。  これは、パリに来てから知ったことだが。  ジャン=ルイの母親と言うのは、日本人の成金の一人娘だったとかで。  ブルボン王朝から続く貴族の家柄というレッテル以外にはこれといって能力のない、だが金髪に青い目をした(どこかの童話にでも出てきそうな)驚くほど美しい男に一目惚れ。  あの手この手を駆使して、ついに国際結婚を果たしたらしい。  ジャン=ルイはその副産物。(彼は父親の美貌を受け継いで生れて来たようだが、それが運が良かったと言えるかどうかは、はなはだ疑問ではある)  父親を輩出したラ・フォーレ男爵家は、そうとうな貧乏貴族だったが、家柄は上等。たまたまパリに遊びに来ていたジャン=ルイの母親は、そこにも目を付けたようだ。  金にモノを言わせ、ラ・フォーレ家の積もり積もった借用証文を銀行から買い取ると、それを盾に結婚を迫ったのだとか。  まさにフランス判、逆金色夜叉だ! (もっとも十年も前に亡くなったオンナのやった悪行だから、咲姫も噂に聞いただけだけど)  ラ・フォーレ男爵夫人になった彼女の次なる目標は社交界への進出だった。そのための資金獲得を目指し、フランスで投資会社を設立。やがてヨーロッパ中に商売を広げていったと言うから、恐るべき豪腕だ。  ついで貿易業から運輸業へと駒を進め、ついには一代でラ・フォーレ財閥を作り上げた女傑だったらしい。  だが無理がたたったのか、十年前に心臓発作で呆気なく死去。その六年前に父親も亡くなっていたことから、全ての遺産を一人息子のジャン=ルイが相続した。  さて、そのジャン=ルイだが。  母親が会長を務めるラ・フォーレ財閥の仕事もそっちのけで、二十歳の頃からあちこちの妖しげなサロンに出入りしていたらしい。社交界のオンナ達と浮名を流すやら、カードテーブルで莫大な借金を作るやらと、母親が顔をしかめるような放蕩ぶりを発揮。  そんな世間の評判も最低の息子だったが、彼以外に子供がいなかったのが幸いした。三十歳の放蕩息子は、湯水のようにお金を使っても一生使い切れない、人もうらやむような莫大な財産を手に入れたのである。
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