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「物心ついた時から、学校の勉強より稽古をしていました」
彼が自分のことを話してくれたから。記憶の箱を開く為に、少しづつ紐解く。
朝早くから夜遅くまで、屋敷の広間で、祖母が元気だった頃は彼女に師事していた。村の伝統舞踊の継承者として……長男とは全く違う道を歩もうとしていた。
それが一変したのは、やはりこの力を発現したせいだ。十歳のとき、突然寝ていた布団が熱くなって飛び起きた。
手が触れていた部分が熱くなり、親に知らせようと慌てていたらドアノブを少し溶かしてしまった。今思うととても恐ろしい。
何代かに渡って力を持つ者が現れることがあるのは知っていたが、まさか自分にそれが降り掛かるとは思わなかった。
そして、もっと早くにコントロールできるものだと思っていた。
「これが物語の主人公だったら、早くに修得できたりするのに。……そんな妄想もよくしてました」
ところが一向にマシにならない。むしろ力の幅ばかり大きくなり、周囲に危険を及ばす。
父は激昂し、俺を外に連れ出した。
「昔、父に山奥に連れて行かれそうになって……俺を脅かす為だったと思うんですけど、そこでまた酷くなりました。死んだ方が楽かもしれないのに、いざとなると怖くて仕方ないものなんですよね。子どもだったので、それはもう、すごい泣きじゃくりました」
自分は悪い子なのだと、その時に頭に刻み込まれた。優秀な兄と違い、父を怒らせ、母を悲しませる。
なんて酷い人間だろう。俺は生まれてくるべきじゃなかった────。
「その日を境に、父は怒らなくなりました。代わりに、俺に会いに来ることもなくなった。納屋や蔵の中で過ごして、自分だけの世界に閉じこもるようになった」
膝を立て、手を前に回す。
心の中に刻まれたのは、変えようのない現実と、自分でつけた古傷。
熱い何かが込み上げてきそうになって、慌てて首を横に振った。
昔のことを思い出したら駄目だ。耐性がないから、すぐ感傷に浸ってしまう。
「すみません! 兄さんに会えて、父と母が無事だったことも分かった。こんな嬉しい報せはありません」
精一杯笑いかけたつもりだったのだが……宗一さんは眉を下げ、俺の頬を優しくつまんだ。
「白希。……無理に笑わなくていいんだよ」
肩を掴まれ、抱き寄せられる。自分の心臓がばくばく言ってる。彼に聞こえてしまうんじゃないかと思い、内心焦った。
「辛かったことは、そう簡単に消えない。記憶が薄れても、魂が覚えてる」
「魂……」
「そう。心とはちょっと違う。もっと本質的な部分さ」
それに抗うのは、とても大変なことだと彼は言う。
「でも、嬉しかったことも同じだ。しっかり思い出せなくても、何故か心が弾むときがある。君にはそれを大事にしてほしい」
目元に、彼の指の腹があたる。また泣いてると思われたのかな。
……確かに、心の方は洪水が起きていたかも。
「宗一さんの言うことは難しいです」
「あはは、確かに。ごめんね」
「いえ。それでも、何となく分かる気がするんです。記憶が全てじゃないっていうのかな……俺が宗一さんに巡り会えたことは、死ぬまで俺の細胞に刻まれる気がします」
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