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『酷いことをしていると分かっているから、そんなことをするんだよ。そいつが酷いと思った分がこの金額。つまり、そいつもあなたに酷いことをしたという自覚がある証拠だよ』
そう言って僕の代わりに怒ってくれる。
そうなんだ。
彼も分かっててやってたんだ。
30万て、かなりの大金だよね。それだけ僕は、酷いことをされてたってことなんだ。
胸がぎゅっと痛くなる。
でも怒りは湧かなかった。
ただ心が痛かった。
そんなことがありながら、今日もその子の家から仕事へ行く。今夜は会社の飲み会があって、僕はそれに参加することになっているんだ。だからそれをその子に伝えたら、笑顔で送り出してくれた。
思えば会社の飲み会なんて初めてだ。学生時代も彼も参加する飲み会は出たけど、その他のものには行ったことがない。彼が許してくれなかったから。だから僕一人で参加するのはこれが初めて。
そんな飲み会に少し不安はあったけれど、会は何事も無く終わった。ただ自分から発言出来なくて、二次会も断れず最後までいてしまった。でもお酒は飲んでない。彼に自分の前以外では飲むなと言われていたから。
もう別れたのだからそんなこと関係ないのだけど、彼との始まりも飲み会だったから。
大学のサークルの飲み会で、強かに酔ってしまった僕は彼にお持ち帰りされて関係を持ってしまったのだ。
だけど僕はその時のことを何も覚えていない。
そこに同意があったのかも分からない。でも僕と彼の関係はその時から始まり、2週間前に終わるまで3年も続いたのだ。
もしもあの時僕が酔い潰れなければ、僕と彼の関係はただの顔見知りで終わっていたのかもしれない。
そう思ったら、なんだか胸がきゅうっとなった。
なんだろう。この感じ。
そんなことを思いながら終電に乗り、最寄り駅で降りる。
こんなに遅く帰るのは初めてだ。
夜中のしんと静まり返った町が怖くて、僕は早足であの子の家へと向かった。そして差し掛かった公園の脇の道。鉄柵の上に腰掛ける人がいた。その人はすぐ横の街灯に寄りかかるように座っている。
ドキリとした。
こんな夜中に人が座っているだけでも怖いのだけれど、僕はそんな怖さよりも胸の痛みに足を止めた。
この距離でも分かる、その人のこと。
街灯に寄りかかり下を向いていても、僕にはその人が彼だということがすぐに分かった。
考えてみれば、この公園は彼の家の近くなのだ。僕が彼の家を追い出されたあの日、僕はまだ状況を飲み込めなくてこの公園のベンチに座っていた。そしてそこにあの子が来て僕を拾ってくれたのだけど、あの子の家もこの公園の近くなのだ。だからつまり、彼とあの子の家はこの公園に近く、必然的に互いの家も近いというわけだ。
今まで彼に会わなかったのが不思議なくらいだ。
だから今こうして彼に会ってしまってもおかしくは無いのだけど、どうしよう。彼の前を通りたくない。でも公園を突っ切るのは嫌だ。だってこの公園、夜はハッテン場になるからだ。そう思ってその場から動けないでいると、いきなり彼の身体が傾き、そのまま後へと倒れそうになる。
危ないっ。
僕は咄嗟に彼の所へ走り、すんでのところで彼の身体を支える。
びっくりした。
あのまま後ろに倒れていたら怪我するところだった。だけど危なかったとはいえ、できるだけ彼には近づきたくなかった。ましてやこんな至近距離なんて。
そう思ったけど、どうやら彼には僕だと気づかれなさそうだ。なぜなら彼は酔って寝ていたからだ。
力の抜けた彼の身体からはお酒の匂いがした。どうしてそんなに飲んだのか。僕は今まで彼がこんなに酔ったのを見たことがない。
いつも明るくてみんなの中心にいた彼は、ちゃんと自分の酒量を知っていた。だから酔い潰れて周りに迷惑をかけるなんて一度もなかったのだ。それに僕と二人の時だって、僕が寝てしまうことはあっても、彼がそうなることは無かった。だからこんな外で酔い潰れて寝てることに僕は驚いた。さらに抱き抱えた彼の身体が異常に痩せていたことにもかなりの衝撃を受けた。
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