蜩(ひぐらし)(2)

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蜩(ひぐらし)(2)

 古い廃坑を改良し、盗人や山賊、ごろつきたちの溜まり場、盗人山泊(とうじんざんぱく)。穴倉のひとつを陣取って、どこからか持ってきた畳に麻布を敷き、手負いの蜩は、そこを寝床に傷を癒していた。  このところ蜩は何をするでもなく、日がな一日、焚き火を眺めていた。 「女に骨抜きにされたって聞いたぜ」 「あいつにゃ珍しく盗みをぬかったんだとさ」 「あたしが慰めてやろうか。安くしとくよ」 とんだ笑い者の蜩だったが、嘲りや冷やかしも耳に入らなかった。  ねぐらには遊女あがりの女も多くいたが、抱く気にはなれなかった。いやしい売女どもでは蜩の心の穴を埋めることは叶わなかった。 「いつまでも腑抜けてんじゃないよ。盗まない、女も抱かない、動きもしない。穀潰しは間に合ってんのさ。あんたが盗んでこないと、あたしらぁおまんま食えないんだよ。女も碌に手篭めにできなくて何が泥棒だい。天女だかなんだか知らないけどさ、羽衣盗みゃあしまいだよ。いちころさ。さぁ、早くいっちまいな。あんたの盗んだ金でいつも通り宴会さね。天女さまでも弁天さまでも連れて来りゃあ、この縷紅(るこう)さんが祝言あげてやるよ、ほらいきな」  女だてらにねぐらを仕切る盗人山宿の女主人、縷紅が蜩の背中を蹴り飛ばす。  数日ぶりに穴倉から外に出て、晴れ渡った空は輝くように光に溢れている。  雲一つない青く輝く空でもけして敵わない。 ——天女よ、またひとめ、あなたに会いたい。 ◇ ——義賊だ、天才だともてはやされても、なんてことはない。中身はまだまだ手のかかる餓鬼だね。  宿場の女主人は煙管(キセル)を噴かすと小さくなっていく蜩の背中を見送った。
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