魔法学校の管理人さん

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 シリウス・ウォード。  推定二十代半ばから後半。白髪。大柄。その身長、少し分けてもらいたい。  この学校の管理人。  仕事内容はちょっとした修繕や清掃。備品の管理交換。一部植物の手入れ。校内見回り。はては授業準備の手伝いさえしていることがある。  もはや学校の何でも屋さんだ。  動き事態はのんびりしているのに、よくもまぁ色々な作業をこなせるものだ。見かける度に何かしている。この間は生徒の落とし物探しを手伝っていた。  あと、妙に魔法の気配にさとい。本人いわく魔法は使えないということなのに、異様にさとい。悔しい。なんなのあいつ。 「………なにしてるんだ?」 「ん?」  声をかけられ、顔をあげる。我が友リカルドが呆れた顔をしていた。今日ももふもふだ。  リカルドは獣人の血を引いていて、顔はほとんど狼だ。冬は暖かそうで羨ましい。  前にそう言ったら変な顔をされた。 「めずらしく図書館で真面目に勉強しているのかと思えば」 「なにおう。これはとても重大な使命なのだ」  そう。ここは知識の宝庫学校の図書館。今後の作戦を練るために、静かで集中できるこの場を選んだ。  図書館二階の壁際の端の席。壁に向かって設置された一人用の机とイス。等間隔に似たような席が並んでるが、距離は空いている上に、現在は他に人もいなかった。  考え事をするにはうってつけだ。  そして、まずは敵をよく知ることから。行動パターンや得手不得手がわかれば攻略しやすくなるし、弱点を知れれば勝ちも同然だ。  今わかっている情報を整理するため、書き出していた。 「必ずあの管理人にギャフンと言わせてみせるっ」 「なに?管理人がどうしたって?」  リカルドの後ろから、我が友トーリーがひょっこり顔を出した。  黒い髪が相変わらずさらさらだ。朝、髪をとかす必要がなさそうで羨ましいと言ったら、けらけら笑われたことがある。 「聞いてしまうのか。それを。聞くも涙、語るも涙なあの出来事を」 「え?なに?なにが始まるの?」 「そう。あれは数日前」  困惑ぎみなトーリーに、リカルドが諦めるよう首をふっている。構わず、回想を進める。 「僕は重大な使命のために、魔法で姿を隠していた。誰にも見つからず、目的を完遂できるかと思ったまさにその時、不意に肩を叩く人があった」  あれは本当に驚いた。口から心臓が飛び出るかと思った。 「そこに立っていたのはあの管理人。やつはこちらの動揺なぞお構いなしに声をかけてきた。なにしてんの?と」  あの、呆れたような表情は決して忘れない。 「………許可をとらず校内で魔法を使用していたのでは?」 「そうだけれどもっ」  リカルドの冷静な指摘に、思わず腰をあげかける。  すぐに座りなおし、こほんと小さく咳払い。ここは図書館。声は控えねば。いくら近くに他の人がいなくとも。  というか、それあの管理人にも言われた。許可とってないよねと。 「頑張って習得して、完璧に姿を消していたはずなのに。ああもたやすく見破られるだなんて。てかなんで許可とってないってわかるのさ。生徒の校内での魔法許可申請全部把握してるのかよ」 「姿を隠すような魔法は許可がおりないのでは?」 「なんかやましいことでもしようとしてたのか?」  やましいだなんて。なんてことを言い出すんだ。トーリーは。 「いいかい?トーリー。そしてリカルド。情報は何よりもの武器なんだ。そして、情報を得るためには隠密行動が最適なんだよ」 「いや、他にもあるだろ」 「最適なんだよ」  リカルドの言葉は聞かなかったことにする。  小柄な自分は、昔からかくれんぼが得意だった。そうして隠れていると、意図せず他人の秘密を知ってしまうことがあった。  いまだ成長期は訪れない。というか両親や親戚を思うと、身長については絶望的だ。  であれば、この体格を活かせる道を探すのが前向きだろう。様々な悪事を暴く記者。素敵じゃないか。そんな素晴らしい記者になるためにも、この学校生活の内に情報収集の腕をあげようと、日夜特訓に励んでいる。  励んでいる、のに。あの管理人ときたら。ああもたやすく。  ギリギリと歯ぎしりをしたい気分だ。  リカルドが小さく息を吐いた。 「………あの人、魔法に関しては鼻が利くみたいだから」 「それ、本人も言ってた」  なんで姿を消していたにわかったのかと訊ねたら。魔法に関しては鼻が利くって。  全くもって答えになってない。 「管理人っていや、こないだ、なんだ?手押し車?で具合の悪い生徒運んでるの見たな」 「最近多いよな。二人も風邪には気をつけてな」  そういうリカルドは、先程から腹の辺りに手を当てている。空腹なのだろうか。  それはともかく。 「………本当に、ただの風邪なのだろうか」 「は?」  あえて重々しく口にすれば、二人は首をかしげた。真剣な表情を崩さず、キリリと伝える。 「誰かしらの陰謀、ということはないだろうか」 「いや、確かに異様に多くはあるけど」 「悪質な風邪が流行っているだけでは?」  チッチッチッと指をふる。 「何事も決めつけは良くない。多角的にだね………」 「たんにその方が面白そうってだけだろ」 「………………」  すっと顔をそらす。否定はしない。てか、できないけど。どうしてそういうことを言ってしまうのか。せめて最後までしゃべらせてほしい。  じとっとトーリーを睨む。  どこ吹く風だ。  とはいえ、その風邪のせいなのかなんなのか、一部の人たちの間で、やけに空気がピリついている。その現状や原因を調べていたら、あの管理人に邪魔されたのだ。だから、 「………まぁ、何を調べるにしても、まずはあの管理人を攻略しないと」  今しがた書き出していた内容に目を通す。ほとんどなにもわかっていない。  あっちにもこっちにも、どこにでも姿を表す。そのくせ、いざ探すとなかなか見つからない。 「あの管理人にバレないよう近づき、最終的には何かしらの秘密や隠し事を」 「知られて困るような秘密や隠し事なんて、ない可能性は………?」  リカルドはいったいなにを言い出すのか。 「ないなんてあるわけないだろ。人間、誰だって他人には知られたくない秘密の一つや二つ、いや三つや四つ」  やれやれと首をふり、その鼻先に指をつきつける。 「生まれる前から世間に注目されていたお前とは違うんだ」  嫌そうな顔をされ、ぺしりと手をはらわれた。  リカルドの親は、史上初の人間と獣人の夫婦だ。それも王家の番犬とよばれる一族の。自然、リカルドは生まれる前から世の話題になっていた。  加えて、獣人である父親の血を強く引いている。見た目はほぼ獣人だ。なにをするにしても目立つ。そうそう隠し事なんてできないだろう。  街中でも獣人を普通に見かけるようになってきてはいるが、まぁ、着てる服の質や立ち居振舞いでバレるよな。上流階級の獣人はまだ他にいないはずだ。  ………いないよね? 「と、言うわけで、しばらくはあの管理人の調査に専念しようと思う」 「勉強に専念しなよ」  呆れたように呟き、それからリカルドは首をかしげた。 「てか、さっき外でイスの修理してたけど………」  最後まで聞かず、一目散に駆け出す。  なんてこった。敵がそんな近くにいただなんて。まずは情報の整理、ほとんどなかったけど、をしてからと思っていたのに。  階段をかけ降り、ドアを目指す。  外、というのは図書館の外のことだろう。であれば校舎との渡り廊下の横のことか。自分が来た時にはいなかったはずだ。本当にいつの間に。  階段を降りきり、あともう少し。そのはずだった。  が、目的の人物はすでにその手前にいた。ドアの内側で司書のお姉さんにイスを渡している。  もう、イスの修理が終わってしまったのか。 「お待たせしました」 「ありがとうございます。助かりました」 「いーえ。………ん?」  しまった。見つかった。  あわててスピードを落としたけど、隠れる前に目があってしまった。じっとこちらを見ている。  外にいるって聞いたから、出てから気をつけようと思ってたのに。魔法に鼻が利くってなら、自力で気配消してみようって思ってたのに。  仕方ないからこのまま近づく。どの程度できるかわからないけど、本人から聞き出せるだけ聞き出してみようか。 「こんにちは」 「あら、こんにちは。なにかお探し?」 「いえ」  司書のお姉さんがにこやかな笑顔で対応してくれる。でも、用があるのは違うんだ。  管理人を見上げる。首が痛い。なんだか難しそうな顔をして、じっとこちらを見てきていた。 「あの、管理人さんに」 「オレ?」  不思議そうな表情に変わる。 「聞きたいことがあって」 「その前に、先に質問いい?」  すちゃっと小さく挙手した。先生に質問する生徒みたいだ。 「今、館内から来た?」 「はぁ」 「具体的にどこにいたか教えてもらっても?」  なにを言い出すんだ?  司書のお姉さんもわけがわからないようで、怪訝そうにしている。お構いなしに、管理人は司書のお姉さんに声をかけた。 「念のため一緒に来てもらっても?」  あ、これ、自分が二人を案内する流れだ。  司書のお姉さんが頷いてしまったので、どう転んでも二対一にしかならない。諦めて今来た道を戻る。  途中で、ゆっくり追いかけてきていたリカルドとトーリーと合流した。不思議そうに首をかしげられたけど、わからないと首をふるしかなかった。 「えっと、ここです」  置きっぱなしにしてしまったはずのメモは消えていた。リカルドかトーリーが回収してくれていたのだろう。感謝。  本人に見られるわけにはいかないのだから。  事情のわかっていない面々をよそに、管理人はイスを手にとり、ぐるぐるとゆっくり回し始めた。なにかを確認してるのか、探しているのか、顔を近づけて。その眉間にはシワがよっている。  やがて手が止まると同時に、眉間のシワもより深くなった。 「ここ」  司書のお姉さんにイスの足の一本の内側の付け根辺りを見せた。 「えー?あー、えー?いつの間に?」  司書のお姉さんが変な声をあげる。 「さぁ?でも、よくないものですよね?」 「ですね」 「とりあえず詳しい先生に見てもらった方がいいかと」 「ですね」 「え?なに?なにかあったんですか?」  なんだか真剣そうな会話に好奇心がうずく。しかもそれはついさっきまで自分が座っていたイスなのだ。無関係とは言わせない。  二人は一旦顔を見合わせてから、イスの裏側を見せてくれた。 「ほら、ここ」 「え?どこ?」  指先の辺りに目を凝らしてみるけれど、特に変わったものは見当たらない。  気になったのか、リカルドとトーリーも覗き込んできた。あ、と声をあげたのはトーリーの方だった。 「わかった。これだ。木目に紛れるように魔方陣が描いてある」 「えー?あー」  言われてみれば確かに。  木目と似た色で、木目に隠れるように小さな魔方陣が描かれていた。ほとんど間違い探しのレベルだ。 「え?座った人が眠くなって勉強や読書ができないよう邪魔する魔法、とか?」 「いや、これは………」  顔をくっつけるようにして、魔方陣をなぞりながらリカルドが呟く。 「切り込みが入るような魔法?イスを壊す目的で?特定の条件で発動するのか?くっ、こまっ、細かくてよくわからないっ」 「はい。そこまで」  管理人がひょいっとイスを取り上げた。  てかちょっと待って。今聞き捨てならないこと言ってなかった? 「え?もしかして僕もう少しでケガするところだった?」 「発動条件によっては」  司書のお姉さんが申し訳なさそうに答える。 「悪質ないたずらね。けが人が出る前に見つけられてよかった」 「にしても、よくわかりましたね」 「そこの子が」  トーリーの質問を受けて、管理人がこちらに視線を向けた。 「変な魔法の気配?をくっつけていたから」  変な魔法の気配ってなに。 「念のため、他にもないか見回ってもいいですか?」 「ぜひ、お願いします。それから、」  司書のお姉さんはすっと唇に人差し指を当てた。 「君たち三人とも、この事は他言無用で」  お任せあれと大きく頷く。  が、我が友二人からは疑わしげな視線を向けられてしまった。  失礼な。確かに様々な情報や秘密を集めることを目的としているけれど、吹聴して回るのは主義に反する。  情報は正しく扱ってこそなのだ。 「あ、そうだ」  はいっと、挙手する。必要はないのだけれど、さっきの管理人につられた。 「もしかして、さっき管理人さんが直していたイスにも似たような魔法が?」 「いや、違うね。あれはただの経年劣化」  あっさりと答えられた。 「そう偽装された可能性は………」 「ないね」 「どうして、そう、きっぱりと」  絞り出すように言うと、管理人は困ったように己の鼻をつついた。 「魔法に関しては、鼻が利くから」  またそれか。
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