始まりの日

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始まりの日

 今日は特別に寒い。  今はまだ夜が開けきっていない暗いなか、私はせっせと薪を運んでいた。  これから竈門に火を入れて朝食を作るのだ。  我が家は嘉神(かがみ)公爵家。  名前こそ立派だけれどろくに手伝いを雇えないほど内情は酷いものだった。  我が家には今使用人を除いて4人の人が住んでいる。  父の九郎と義母の花江、花江の娘で私の腹違いの妹である愛莉(あいり)。 私は静音(しずね)という名前があるにもかかわらず、家族から”お前”としか呼んでもらえない。  いつも古着屋で見繕ったボロを着て家事に勤しんでいる。 「お嬢様、こんなに寒い中お可哀想に…私共にお任せくださって温かい竈門の側でおやすみいただいてもいいのですよ」  使用人の3人はそう言っていつも私を守ろうとしてくれているが、その通りに仕事をしなければ3人がきつい折檻をされることがわかっているから私はいつも首を横に振る。 「いいの。私はここに置いてもらっているだけでもありがたいんだから。贅沢は言えないわ。それより今日はいい大根が入ったの。煮付けと味噌汁に入れましょう」  その暖かな食事にありつけるのは父と義母と愛莉だけなのはわかっているけれど、美味しそうな大根を調理するのは楽しい。  アカギレでボロボロになった手を擦り合わせながら私は炊事を続けた。 「お嬢様…」  せめて私の負担を減らすためだろう、3人はいつも無駄のないテキパキした動きで私を支えてくれていた。  炊事が終わり、夜が開けた頃、いつもの時間に食事の膳を居間に運ぶ。  そこにはすでに父と義母と愛莉が座って暖かなお茶を飲んでいた。 「この愚図。私たちに待たせるなんて本当に使えない子ね。ここに置いてもらっている恩を忘れているのかしら?」  早速義母からの嫌味が飛んできた。 「申し訳ございませんお母様。温かいものを召し上がっていただくために、炊事は皆様が起きてから行なっているので少し遅れてお出しすることになってしまうんです」 私が言い訳をすると、愛莉がクツクツ笑って言った。 「へえ。じゃあ食事が遅れるのは私たちのせいということかしら?酷いわお母様。この子、私たちのことを悪く言ってる」  愛莉がそういうとしかめっつらをしていた父が私に近寄ると思いっきり私のお腹を蹴りつけて私の体は後方に飛んだ。 「お前はどうしていつまで経っても我々を敬えないんだ。本当に死んだあいつと同じで使えない。せめて何かの役に立ってくれたいいものを。このぐずめ」  私は痛むお腹を抑えてよろよろと起き上がると頭を畳に擦り付けるようにして土下座をした。 「申し訳ございません。どうかお慈悲を。ここに置いてください」  私の態度にようやく3人は満足したようで、義母が言った。 「仕方ない子ね。いいわ。ただしこれ以上粗相をするようだったら出ていってもらいますからね」  そういうと暖かなご飯を食べ始めた。  私はそれを見届けるとそっと居間を出て炊事場に戻ってきた。  そこでは使用人の3人が私のことを心配しながら待っていてくれた。 「お嬢様、お怪我は?なんて酷い…実の娘にこんな仕打ちを」 一番年長のトメがそう言って涙を目に溜めて私を抱きしめると、私の3個年上の辰巳も腹を立てている様子で言った。 「お嬢様、いっそこの家を見限って出ていかれてはいかがですか?外での生活はこの辰巳とトメと南雲が世話をしますので…」  辰巳は私のことを心から心配してくれる心の優しい青年だった。  だがそれに甘えるわけにはいかない。  私はお金を持っていないし、普通に働くには家名が邪魔をしてまともな仕事にはつけないことがわかっていたから。  お金がないと3人に給金を払うことが出来ない。  それは困るのだ。  3人にはできるだけ人として幸せになってもらいたかったから。  南雲は28歳の屈強な男性で主に力仕事や護衛を担ってるがその実とても心が優しい男で人を傷つけることをとても嫌っていた。 「お嬢様。もし家人がまたお嬢様に暴力を振るうことがありましたらこの南雲に…」 「いけないわ。南雲の気持ちは嬉しいけれど、仮にも私と血のつながった家族なの…。だからお願い。家人に手を出すことだけはやめてね」  私の思いが通じたのか、怒りに震えていた南雲が少しずつ落ち着きを取り戻していった。 「それよりも私たちも朝食をいただきましょう」  そう言って冷めきった残り物を3人で分け合って食べたのだった。
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