本編:男女共通

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 時刻は深夜一時を少し過ぎたところ。今日は宿の確保ができなかったため、近くのネットカフェで一夜を過ごすことになった。紀次はネットカフェになってしまい申し訳なさそうにしていたが、梢にとってはそんなことどうでもよかった。叔父夫婦の家でなければ、たとえ公園のベンチだって天国のようなものだから。  カプセルホテルや旅館と違い、漫画や映画、パソコン、ソフトドリンク飲み放題、アイス食べ放題、シャワー15分無料など娯楽の多さに梢は驚かされてばかりだった。ネットカフェによく寝泊まりしていたという紀次に案内され、一通りの説明を受けた。 「残業が多い時はよくお世話になっていたんだ。色々あって便利だよ」  にこにこと笑顔を浮かべたままそう自然に言い放った紀次を見て、梢は思わず魔法使いも残業するのかと笑ってしまった。紀次は自分の発言が魔法使いにあるまじきことだとは気づいていない。梢もそれをわざわざ問うことはしなかった。不躾に踏み込んで空気や関係が壊れる方が嫌だったから。 「すぐに寝ちゃうの?」 「んー、漫画は読み始めると朝になっちゃいそうだからね。眠たくなるまで何か映画でも観ようかな」 「そうなんだ。じゃあ私も一緒に」  梢がそう言うと、紀次は驚いた表情を浮かべる。予約したのはシングルシートの個室を二部屋。カップルシートではない。シングルシートでも二人で映画を観るくらいはできるが、その分距離も近くなる。迷っていた紀次だったが、梢からじーっと向けられる無言の視線に堪えきれなくなり首を縦に振った。  二人は映画コーナーへ足を運び、じっくりと吟味していく。とは言っても、紀次が好みの映画を探しているのを梢がぴったりと張り付いて後を追っているだけだが。 「何か観たい映画はないのかい?」 「映画はよく分からない。だからどれが面白いか教えて」  紀次は顎に手を当てて、しばらく考え込んだ。自分の好みに寄って面白いとするのか、女の子の好みに寄って面白いとするのか。それとも梢に合っていそうな内容にするか。梢は夜更かしが苦手であるため観れて一本。どうしたものかと。 「そうだ。あれはどうかな」 「うん?」  何かを閃いた紀次はファミリー映画のコーナーを物色し始めた。棚に並べられた映画のパッケージを人差し指で横になぞる。数秒ののち、お目当ての作品を見つけたのかパッケージを抜き取って梢に渡した。 「あったあった。これ」 「フラ……ジャイル?」  紀次が梢に渡したのは『フラジャイル』というタイトルのファミリー映画だった。  ある日、硝子のように脆い幸せを不注意で壊してしまったリスのマリー。悲しくて一晩中泣いていると、心優しいウサギのクッピが泣き声を聞きつけてやってきた。マリーが幸せを壊してしまったことを話すと、クッピは自分が持っていた幸せをマリーにプレゼントした。幸せをプレゼントされたことで喜んだマリーだったが、不幸になったクッピは病気にかかってしまった。次第に弱っていくクッピを見て、マリーはクッピを助けたいと思った。しかし、自分一人の力ではどうにもできないと遠くの村まで助けを呼びに行く。様々な苦難を乗り越えて村に辿り着いたマリーは、皆にクッピを助けて欲しいと頼み込む。村の皆はいつもクッピに助けてもらっていたため喜んで頷いた。村の皆から少しずつ幸せを分けてもらったクッピは元気を取り戻し、また皆で仲良く暮らした。というストーリー。  男女二人で観るには少しばかり子供っぽい内容だが、今の梢の状況に通じるものがあると思った。 「きっと気に入ると思うよ」 「うん」
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