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光輝は困ったような顔になった。ここまで言ったのになんでわかんないの、と言いたげな。
「その指、今も俺が持ち歩いてるから。――好きな女の子からの贈り物だから捨てられないじゃん?」
光輝の大きな手が、するりとダウンコートのポケットに滑り込んだ。
そして何かを弄ぶように、その手が蠢く――。
「渡辺も、手、入れる? ポケット」
あたしは悲鳴を飲み込んで走った。
がむしゃらに走って、駅の光に涙が出るほどほっとしたのを覚えている。
光輝のあれが冗談だったのか、実話だったのかはもうわからないし、知りたくない。
サークルも辞め、出来る限り彼に関わらないようにして、無事に大学を卒業することができた。
ただあれから、他人のポケットに手を入れたいと思うことは二度となかった。
終
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