#02. First Encounter

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ただ、こんな私でも久坂さんとは沈黙で気まずくなることなく、自然と会話は弾んだ。 なぜなら久坂さんが会話を主導してくれたからだ。 穏やかで人当たりの良い話し方をする彼は、聞き上手でもあり、私から言葉をするすると引き出していく。 いつの間にか初対面の男性であることにも関わらず、私はずいぶんとリラックスしていた。 「じゃあ、この落とされたスマートフォンはプライベート用の方だったんですね」 「ええ。仕事用の方は手元にあったのでなんとかなりましたが、やはりないと困りますね。落としたと気付いた時は盗まれてしまった可能性も考えましたけど、拾ってくださったのが香澄さんで良かったですよ」 「ずっと着信音が鳴っていたのが気になったんです。あれは仕事用の方から掛けてらしたんですか? 番号が登録されていないようでしたけど」 「最近買い替えたばかりで登録を忘れていたんです。番号を手帳に控えていたのでなんとかなりました」 久坂さんはやはり昨日私と同じくあのホテルのラウンジで朝食ビュッフェを食べていたらしい。 その時に落としてしまったそうだ。 おそらく少しは滞在時間が重なっていると思うのだが、こんな目立つ人が近くにいたなんて全然気付かなかった。 「香澄さんは昨日あのラウンジにいらっしゃったということは平日がお休みの仕事をされているんですか?」 「いえ、平日が休みというより、生徒さんのレッスンに合わせてなので流動的なスケジュールです。昨日今日は特にレッスンが入っていないので休みなんです」 「生徒さんのレッスン、ですか?」 「はい。ピアノ教師をやっています」 「へえ、ピアノ教師ですか。ぜひ一度香澄さんのピアノを聞いてみたいですね」 「そんな、お聞かせするほどのものでは。教えられる程度にできるってだけで……」 一応音大を卒業しているが、自信を持って人に披露できるほどの実力ではない。 それに仕事と言っても、バリバリ働いている同世代の人達から見れば、私は腰掛け程度に思われていると思う。 父の資金で開業した自宅にあるピアノ教室で、知り合いのお子さんを中心とした数人の生徒さんを教えているだけだ。 家が裕福だからそれでも生活していけているに過ぎない。 「……久坂さんはお仕事何されているんですか?」 なんとなくこれ以上私の仕事について話を広げて欲しくなくて、私は話を変えるように今度は自分から彼に質問を投げかけた。
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