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#01. First Contact
「……恭吾さん、もう行くんですか?」
「ああ、今日は昼前にオペが入ってる。一度家に寄って病院へ向かう予定だ。君はチェックアウトまで寝ていて構わない」
「分かりました。お気をつけて」
「また連絡する。そろそろ結婚式について話し合わないといけないからな。お父上の東條先生にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい」
私はベッドの上に起き上がり、婚約者である恭吾さんが昨日着ていた服に着替えている様子をぼんやり見つめる。
時刻は朝の6時。
昨夜ここのホテルの最上階にあるレストランで遅めのディナーを食べ、この部屋に来てまだ数時間しか経っていない。
一緒にいたのは半日にも満たない時間だ。
それでも今回はいつもと比べると長い方。
大学病院で外科医を務める恭吾さんは常に多忙で生活も不規則だ。
そんな恭吾さんにとって空き時間は貴重なものであり、それを彼は私と会うために充ててくれているのだから私は感謝している。
「じゃあまた」
身支度を整えた恭吾さんが入り口のドアへ向かったのを見て、慌ててベッドから抜け出し私も後を追う。
彼が部屋から出ていくのを入り口まで見送り、一人になった途端、「はぁ」と小さなため息をこっそり漏らした。
……結婚式について話し合う、か。このまま恭吾さんと半年後くらいには結婚しているんだろうなぁ。
トントン拍子に話が進み、気付けば人妻になっている自分がありありと想像できる。
実際、恭吾さんとは大学を卒業してすぐ、1年前の4月に父の紹介でお見合いをして出会ったのだが、その後今日に至るまでまさに流れるような早さで進んでいる。
たった一度お見合いで顔を合わせただけだったのに、その直後に婚約が決まった。
なんだったらすぐにでも結婚をという話になっていたのを、私が「1年は交際をさせて欲しい」と願い出たから婚約で落ち着いた形だ。
病院経営をする父が持ってきたお見合いであり、相手が医師&婿入りであることから、将来的に彼を後継者に見込んでいるのだと思う。
それは言われずとも私にも分かった。
となると、相手が私で良いと言うのなら、私に断るという選択肢はない。
父の求める通りに父が決めた相手と結婚するのが家のため。
ただ、それまで男性経験が皆無だった私はどうしてもいきなり結婚するということが不安でたまらなかった。
だから交際から始めたいと猶予をもぎ取った。
普段親の決めた事には意を唱えない私が珍しく自分の意思を口にしたため、結果的にそれが認められて今に至っている。
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