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最終滑走が終わり、他社の記者たちがぞろぞろと階段を下り始めた。
颯と優里もシャンツェを後にした。
歩きながら颯はカメラマングローブを外して、右の手のひらを見せた。
カメラのグリップを支える中指の第一関節付近に、凍傷やタコができていた。
「こうして見たところで、今はもう分からないだろ?」
優里は小さく頷いた。颯はまたグローブをはめた。
「適応障害だよ。社会部だった3年前、俺はこの世から消えたいと思った」
上司から執拗な嫌がらせを受けていた。
「深夜2時まで喫煙室で説教されたり、飯食うだけで怒られたり。誰も守ってくれやしない。自分を守ろうと必死になるほど、取材の質が落ちた」
すぐに体に変化が現れた。
携帯電話の着信音が鳴ると動機し、冷や汗が止まらなくなった。
出社すると手が震え、吐き気を催した。
「ある日、不審死事件があった。警察は捜査中だと言った。それを俺は強引に『警察は自殺とみている』と書いてしまった。この意味が分かるか?」
優里は首を振った。
「俺は――俺は、死者を傷付けたんだよ」
颯は目を伏せた。
「死者の尊厳を踏みにじった。独自ネタを取れる記者だと周りに認められたかったんだ。今思えばただのエゴでしかない」
記事はもう書けなくなった。
傷付いていたのに、傷付ける側になっていた。
撮影は得意で好きだったが、重圧でカメラを持つ手が震えた。
休職ののち、ペンから逃げるように写真報道部に異動した。
「優里は俺みたいになるなよ」
「そうですね」
後ろを歩く優里が声を落とした。
「もし書かれたのが自分の父だったら、瀬崎さんを恨んでいたでしょうね」
靴底の裏がぎゅむ、と鳴った。
鉄色がむき出しになった網目状の階段に、雪の塊が挟まっていた。
頬をなでる風ににおいはない。
眼下には北アルプスの山々が広がり、民宿と温泉宿が立ち並んでいた。
学生時代、間宮とこの景色を何度見下ろしただろうか。
この白銀に輝く景色は、颯には眩しすぎた。
シャンツェがおかえりと言っていた。
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