〈 yesterday 〉

3/3
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「この前、家でみんなで夕ごはんを食べたの。寒かったから豚汁にしたのよね」 食べ終えた彼が彼女に向かい合うと、指輪を差し出していきなり言ったそうだ。 『僕をこの家のお父さんにしてください』 「いくら子どもが大切だからって、順番違くない?」 思い出したのか、石井さんは弾けるように笑う。 その笑顔はとても幸せそうだった。 「確かに。でも素敵です」 「ありがとう。全然ムードも何もなかったけど、子どもたちの前で言ってくれるのは誠実だなって。二人とも喜んでくれたしね」 私も胸があったかくなった。 空の食器と、素朴な夕飯の匂いが残る食卓。 子どもの父親になりたいと言う恋人。 私好みの甘い雰囲気なんてゼロなのに、石井さんがあんまり幸せそうだからちょっと()けてきた。 「結局、おノロケですか。ご馳走さまです」 「いつも聞き役なんだから、たまにはいいでしょ」 「お待たせー! OK出たよ」 企画部の男性が、廊下から私たちに両腕で大きく丸を送ってくれて、残業は呆気なく終わった。 「明日のデート、楽しんできてね」 「はい」 完全にではないけれど、もやもやが晴れた気がして、私は石井さんに笑みを返した。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!