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「この前、家でみんなで夕ごはんを食べたの。寒かったから豚汁にしたのよね」
食べ終えた彼が彼女に向かい合うと、指輪を差し出していきなり言ったそうだ。
『僕をこの家のお父さんにしてください』
「いくら子どもが大切だからって、順番違くない?」
思い出したのか、石井さんは弾けるように笑う。
その笑顔はとても幸せそうだった。
「確かに。でも素敵です」
「ありがとう。全然ムードも何もなかったけど、子どもたちの前で言ってくれるのは誠実だなって。二人とも喜んでくれたしね」
私も胸があったかくなった。
空の食器と、素朴な夕飯の匂いが残る食卓。
子どもの父親になりたいと言う恋人。
私好みの甘い雰囲気なんてゼロなのに、石井さんがあんまり幸せそうだからちょっと妬けてきた。
「結局、おノロケですか。ご馳走さまです」
「いつも聞き役なんだから、たまにはいいでしょ」
「お待たせー! OK出たよ」
企画部の男性が、廊下から私たちに両腕で大きく丸を送ってくれて、残業は呆気なく終わった。
「明日のデート、楽しんできてね」
「はい」
完全にではないけれど、もやもやが晴れた気がして、私は石井さんに笑みを返した。
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