01

3/5
156人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
優也が言うと、「出迎えがなきゃ寂しいでしょ」と極まり悪そうに成美は言った。 専業主婦であることを負い目に感じているのだろうか。優也は気にしなくてもいいのにと思いながら、彼女に買って来たばかりの冷却シートを手渡す。 「手洗ってくるから、リビングで横になってて」 冬場はインフルエンザや風邪が流行る季節だ。妊娠中の成美に感染(うつ)すことがないよう、しっかり予防しなければ――優也はそう思いながらコートを脱ぎ、念入りに手洗いうがいを済ませた。 「熱は何度なの?」優也は尋ねる。 「38度とちょっと」横になったまま成美が答えた。 「結構高いね。明日、病院に行ってね」 「……うん」 間が気になりはしたものの、優也は特に何も言わなかった。熱で意識が朦朧としているのだろうと思い直したからだ。 成美は、結婚と同時に仕事を辞めて専業主婦になった。 優也や両親が望んだ訳ではなく、彼女の意思だった。どちらかといえば、社会人3年目の優也は自分の収入だけで生活できるか不安があった。 しかし、成美が「家事は全て私がやるから、安心して働いて来て」と言うので半ば押し切られるようにして納得したのだった。 それ以来、成美はほとんど外出せず家にいる。用事がある時は、事前に優也に教えてくれていた。 最近は特に用事がないと聞いていたため、彼女が感染症をどこかで拾って来た可能性は極めて低い。 「きっと、ただの風邪だよ。ほら、最近寒暖差ひどかったし」 優也は冷蔵庫から野菜を取り出し、慣れた手つきで自身の夕飯の支度をする。 成美に言い聞かせたつもりだったのだが、どこか自分に言い聞かせているような響きになってしまった。 「成美、ゼリー食べれる?薬もあるけど――」 返事はない。野菜を切る手を止め、優也は成美の傍に行く。 彼女はソファの上で丸まって眠っていた。 高熱の時は寝つきが悪くなりがちだ。起こして無理に薬を飲ませるよりは、様子を見よう――優也はそう思いながら、台所に戻るのだった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!