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優也が言うと、「出迎えがなきゃ寂しいでしょ」と極まり悪そうに成美は言った。
専業主婦であることを負い目に感じているのだろうか。優也は気にしなくてもいいのにと思いながら、彼女に買って来たばかりの冷却シートを手渡す。
「手洗ってくるから、リビングで横になってて」
冬場はインフルエンザや風邪が流行る季節だ。妊娠中の成美に感染すことがないよう、しっかり予防しなければ――優也はそう思いながらコートを脱ぎ、念入りに手洗いうがいを済ませた。
「熱は何度なの?」優也は尋ねる。
「38度とちょっと」横になったまま成美が答えた。
「結構高いね。明日、病院に行ってね」
「……うん」
間が気になりはしたものの、優也は特に何も言わなかった。熱で意識が朦朧としているのだろうと思い直したからだ。
成美は、結婚と同時に仕事を辞めて専業主婦になった。
優也や両親が望んだ訳ではなく、彼女の意思だった。どちらかといえば、社会人3年目の優也は自分の収入だけで生活できるか不安があった。
しかし、成美が「家事は全て私がやるから、安心して働いて来て」と言うので半ば押し切られるようにして納得したのだった。
それ以来、成美はほとんど外出せず家にいる。用事がある時は、事前に優也に教えてくれていた。
最近は特に用事がないと聞いていたため、彼女が感染症をどこかで拾って来た可能性は極めて低い。
「きっと、ただの風邪だよ。ほら、最近寒暖差ひどかったし」
優也は冷蔵庫から野菜を取り出し、慣れた手つきで自身の夕飯の支度をする。
成美に言い聞かせたつもりだったのだが、どこか自分に言い聞かせているような響きになってしまった。
「成美、ゼリー食べれる?薬もあるけど――」
返事はない。野菜を切る手を止め、優也は成美の傍に行く。
彼女はソファの上で丸まって眠っていた。
高熱の時は寝つきが悪くなりがちだ。起こして無理に薬を飲ませるよりは、様子を見よう――優也はそう思いながら、台所に戻るのだった。
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