ふるえる願望天

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 次の頁をめくろうとして、「おや?」と思った。戌亥が言っていたのは、歓喜天のことだろうか。もしそうだとすれば、下町の骨董屋は寛粋堂———? いや、まさかそんなはずはない。昴は胸の内で呟きながら文字を追った。  『「震える歓喜天に供物を捧げて祈り、再び震えれば成就する」店主がそう語り始めると、空気がガラリと変わる。そして、カタッ……カタカタカタカタ……歓喜天が小刻みに震えはじめた。瞬きを繰り返す私の横で、店主はじっと歓喜天を見ている。「この品は、政治家、実業家、官僚———何人もの優秀な人間の手に渡ったが、彼らは大きな功績を残すと同時に命を落とした。愚かなものだ。己の命と願望を天秤にかけるなんて」と、低い声で言った。』  ガタッ、ガタッ、突然奥の部屋のほうで、何かが音を発した。重いものが振動するような音だった。昴は驚いて立ち上がり、奥へと続く格子戸を開いた。短い廊下の手前にはトイレがあり、その向かいには住居スペースへ続く階段がある。突き当たりに薄闇が立ち込めており、そこにもう一つ部屋があった。  音は、そこから漏れ聞こえている。
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