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正直、あれからどうやって電車を降りてここまで来たのか記憶にない。
自転車をのろのろと押しながら、駅に隣接する市営駐輪場の出口に向かう。
何やってんだろ、俺……。
一人であたふたして、勘違いして、パニックになって。挙げ句、貴重な時間を無駄にして記憶飛ばしてるとか。
ため息が漏れ、慌て疲れて糖分が足りなくなった頭でぼんやりと考える。
いっその事、もう話しかけちゃおうか。
『おはよう。今日も眠そうだね』
『遅い時間だけど電車よく一緒になるよね』
脳裏に浮かんだセリフに、ブルッと身震いして一気に頭の靄が晴れた。
うわ駄目だ、これじゃストーカーだよ。我ながら怖……。俺が話しかけたりなんかしたら完全にアウトだ。射殺すように蔑んだ目で見られたら、もう生きていけない。
はぁぁ、もう、ため息しか出てこない。
俺ってこんな女々しい男だったんだな。……知ってたけど。
ん?
そんな事をぐるぐる考えて駐輪場を出たところで、数メートル先の道路脇に自転車を止めてしゃがみ込んでいる人に気づいた。
どうしたんだろ? 気分でも悪いのかな。
気になって声をかけようと歩みかけた足がピタッと止まる。
え? うそ! なんでまだこんな所にいんの!?
もうとっくに先に行ったと思っていた彼が、ヤンキー座りでワシャワシャと髪をかき上げながら自転車を睨みつけている。
どうしよう……。
ここ通らないと学校行けないし、声をかけたらストーカーになる。でも素通りはできない。それだけはしたくない。
でも──。
まだ蹲って唸っている彼の横顔に、ふと目を向ける。
感情や思っている事をストレートに表に出す彼は、とても表情が豊かだ。
普段の目つきは鋭いが、笑うと優しく口元が綻んで目尻が下がる。そんな柔らかく笑う彼に、俺は心惹かれたことを思い出す。
ほんと、何やってんだ俺。
このまま、見つめるだけでなんの接点もないまま時間だけが過ぎて、卒業して会えなくなって、おとなになっていつか俺の知らない誰かと恋をして。
俺じゃない誰かに、俺の大好きなあの笑顔を向けるのか?
嫌だ。そんなの、耐えられない。
足元を見つめて下唇を噛みしめる。
こんな弱くて自分勝手な自分を知られたくなくて、嫌われるのが怖くて、このままでいいなんて誤魔化して。
結局は自分が傷つくのが嫌で逃げてるだけじゃないか。
彼の隣にいたい。あの笑顔が向けられる先は俺でありたい。
ここで逃げたら、絶対一生後悔する。
目を瞑って、ゆっくりと大きく、ひとつ深呼吸をして顔を上げる。
よし! 行け! 頑張れ俺!
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