受けside

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受けside

 七時四十四分。  通勤通学でまだ混む時間帯。前から三両目、右側ドア横を狙って電車に乗り込む。  よし! 今日も良い位置で待機完了。  手すりに肩を預け、電車の揺れに身を任せながら、徐々に速くなる鼓動を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。  七時五十七分。  学生が乗るには遅い、けどうちの高校なら駅に着いて自転車飛ばせばもしかしたら遅刻回避できるかもしれない、というギリギリの時間。  左側のドアが開き、まだ少ないとは言えない人の波が、我先にと車内に足を踏み入れる。  それらに背を向けたまま、俺は目の前のドア窓越しに映る人垣の中に彼を探す。  やった! 今日も会えた。  眠そうに欠伸をかみ殺しながら近づいてくる彼に、少しずれて手すり横を譲る。当然のように手すりを持って背後に立つ彼を感じながら、目の前の車窓に流れる景色を見るともなしに眺めるこの十三分間が、最近の俺の至福の時間なのだ。  同じ高校、同じ学年、でも同じクラスにはなったことがない彼とは、一度だけ喋った事がある。と言っても、たまたま一緒になった委員会の連絡で、一言二言、言葉を交わしただけだから、彼は覚えてもいないだろうけど。  彼は少しヤンチャな雰囲気を纏ったいわゆるヤンキー系のイケメンというやつで、入学当初からかなり注目を集めていた。ケンカもするし授業もサボる、決して素行が良いわけではないのだが、そこまで斜に構えることもなく、クラスにも馴染み、ちゃんと行事にも参加する。  そう、良いやつなのだ。  そんな彼が仲間とふざけたり楽しそうに笑っている光景を目にする度に、その笑顔がまた見たくなって徐々に俺の想いは募っていった。  良くも悪くも平凡な俺は、もちろん自分から喋りかけるなんて高度なスキルは持ち合わせていないし、ただ影からそっと見つめるだけのモブ壁的ポジションで満足していた。  だから寝過ごして走り込んだこの時間の電車に彼が乗ってきたのは、奇跡としか言いようがなかった。  ……本当に見てるだけで良かったんだけどな。  人間とは欲張りなもので、ひとつ願いが叶うとあと一つ、あと一つとどんどん欲しがりになっていくらしい。  もっと近づきたい。  おしゃべりしたい。  ……俺を、見て欲しい。  ガラスに映る彼に、ふと目をやる。 「!!」  ガラス越しに目が合い、ビクッと肩を震わせて慌てて視線を逸らす。  え、今、目が合ったよね?  こっち見てた?  初めてのことに心臓がバクバクと早鐘を打ち、あまりの激しさに喉から飛び出してくるんじゃないかと、シャツの襟元をギュッと掴む。  落ち着けっ、落ち着けって俺の心臓!  俺なんかを見てるわけないだろ。  そうだ、外! 外の景色を見てたんだ!  ただ、目線がかぶっただけ。  そう自分に言い聞かせても、勘違いだったとしても、それでもやっぱり嬉しいなんて。  あぁもう、本当に好きだなぁ。  きっと真っ赤になってる顔を彼に気づかれたくなくて、結局駅に着くまで、俺は顔を上げることができなかった。
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