23人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
人は嘘をついてしまう。
ネットでも、リアルでもそれは同じことだ。
僕は今日、初めて会った彼女に優しい嘘をついた。
僕にはとっくに分かっていたのだ。
僕の愛している人には裏切れない家族がいるんだということ。
彼女が自分より年上で、高校生の娘を持った母でもあるんだということ。
会話をしていても違和感には気づいたし、彼女は優しかったから元々嘘が上手じゃなかった。
会いたいと言って彼女に断られた後、僕は内緒で彼女に会いに行った。
一方的に顔を見に行くだけにしようと心に決めて。
彼女の正体がたとえ男でも、おばさんでも、小さな女の子でも、誰でも良かった。真実を知っても、僕はきっと彼女を嫌いにはならないだろうという自信があったから。
この街の中で、僕は彼女とすれ違った。
彼女は娘の詩音さんと友達のように仲良く歩いていた。彼女は笑っていた。それも彼女の本当の顔なのだろうし、僕に寂しいと甘えていたのも彼女の本当の気持ちなんだと思う。家族がいたって、寂しい人は寂しいのだ。全部が全部嘘なんかじゃない。人間はそんなに単純じゃない。
僕は彼女を僕なりに理解していたつもりだ。全てをひっくるめて僕は彼女を愛していた。年なんか関係なかった。
ただ、彼女の病気のことだけは知らなかった。
やはり彼女は冷たい。
そんな大事なことを僕に黙って逝くなんて。
蓋の開いていない缶コーヒーが手からずり落ち、電車の床で音を立てた。
窓の外を眺める僕の頬を、音もなく涙が伝い落ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!