19人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
依頼
場末のバーのカウンターでバーボンを煽っていた俺の隣に、情報屋のマフィが滑り込んできた。
「ジョージ、クライアントから仕事の依頼がある。明日と明後日、時間をよこせ」
こいつの持ってくる案件は誰かを不幸にする仕事だ。だが今の俺に選ぶほどの余裕はない。グラスを見つめたまま返事をする。
「内容は?」
「潰して欲しい奴がいる。ツアーに出ているゴルファーだ」
「男か?」
「女だ。女子ゴルフ界では最近、アジア勢がツアーを席巻している。そのせいで広告の効果が出資額に見合わないんだとよ」
「なるほど」
スポンサーが自国の選手を活躍させたいと思うのは当然だ。スポーツのルールは公平だが、賞金を捻出しているのはスポンサーの企業だ。彼らの意向を無視するわけにもいくまい。
「で、標的はどんな奴だ」
「最近頭角を現している日本人さ。名前はユイ・ヒムロ」
目の前に写真が差し出される。深い黒を湛えた瞳、幼げな丸顔、そして洒落っ気のないポニーテール。あどけなさを色濃く残していた。
「同伴のキャディが体調を崩して代役を探しているんだとよ」
「そういう情報、よく拾ってくるよな。ちなみに成績は?」
「予選の2日が終わって9位だ。アルファノ選手権、初参加だそうだ」
「ちょっと待て! それ、メジャー大会じゃないか!」
メジャー大会は賞金の額が桁違いだ。それに世界の注目度も高い。参加資格は狭き門だが、さらにリーダーズボードに名を連ねているとは驚いた。スポンサーの危惧が計り知れないのも納得だ。
「決勝の二日間、お前がキャディとしてそいつをサポートしろ。無論、お前の色気で骨抜きにしてやってもいいんだぜ。19番ホールでな」
マフィはいやらしい笑みを浮かべた。ゴルフは18番ホールまでの勝負だから、19番ホールとは、つまりそういう意味の隠語だ。
「馬鹿を言うな。俺はそこまで見境のない男じゃない」
「カッカッカッ、とにかくやり方はお前に任せるぜ」
俺が承諾したとみなしたのか、マフィは笑って俺の肩を叩いた。生きていくために仕事を選べない立場だということを、こいつはよく理解しているのだ。
「ところでコースはどこだ。最近はゴルフの情報に疎くなってな」
「お前がみずから遮断しているだけだろ? アミー・フィールドだ」
聞いて背筋が冷たくなる。
――よりによってそのコースかよ。
アミー・フィールドはゴルフ発祥の地のひとつとされ、緑の女神が棲んでいると言われている。幸運という女神の寵愛を受ける者こそが、その地で勝利を手にすることができるのだ。
「ユイ・ヒムロの海外参戦は今年からだ。だからアミー・フィールドをラウンドした経験はない。そのコースを熟知しているお前なら、簡単に潰せるだろうさ」
最初のコメントを投稿しよう!