地球意思

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 しかし、地球意思――その言葉に鉄雄は体を固く身構える。 「頼んだ覚えはない」  鉄雄が返すと、新菜は飲み水の入ったジェリ缶を乱暴に床に置くと、ずかずかとこちらへ向かってくる。毛布を取り上げられると思い、強く握りしめるが、新菜が掴んだのはカーテンだった。勢いよく開かれたカーテンから昼の日差しが射し込む。 「ほら、ちゃんとお日様を浴びて、たまには窓を開けないと、いつまでたっても心が晴れないんだから」  こうして住まわせてもらっている手前、余計なお世話とは言いたくないが、新菜は窓を開ける。吹き込む風が部屋に充満した埃くささを飛ばすような気がした。  言葉を選んでか、少し間を置いてから新菜が口を開く。 「いきなり地球意思があちこちに現れて、世界が大変だなんて、あたしだって未だに信じられないし、もしその姿を見たら怖くなるかもしれない。でも、あんたは今こうして生きてるんだから。ほら、お腹が減ったらご飯を食べる。それだけで死ぬことなんかよりも生きることのほうがずっと簡単なんだから」  風が温かい。灼熱と化したあの日の記憶なんかよりもずっと優しい熱を感じる。  こんなに優しい光が、自然が、地球が、意思を持って人類に敵意を剥いて各地で大災害を起こしているだなんて、言われてみれば確かに信じられない。 「じゃあ、あたしは広場で仕事が残ってるから、今日一日カーテン閉めるの禁止。お日様で温まったら少しは手伝ってよ」  それだけ言うと新菜はテーブルの上に黒肉とブロックパンとトマトスープ缶を古いものから順に並べなおして部屋をあとにした。いつまでも閉じこもってるなと言わんばかりにドアは開けられたままだ。  年齢だってそんなに変わらないというのに、こうして、かつて日本と呼ばれた焦土からの避難者を受け入れて、ボランティアにいそしむ新菜はたくましいと思った。  それとくらべて鉄雄は……。  地球意思と呼ばれるあの巨人が現れたとき、鉄雄は何もできなかった。炎のなかで確かに掴んだはずの妹の手は、その体は肘までとなり、手離せなかったその腕は、ただれるまでもなくガラス化してだらりと垂れ下がった。  あの腕の重さを今もこの手が覚えている。  救助ヘリのなかで、周辺にほかの生存者はおらず、軽い火傷だけですんだのは奇跡だと言われた。そんな奇跡なんていらなかった。本当に見たかった奇跡は妹の、亜果利(アカリ)の肘から先にあったはずの姿だったのに。  両親はともに外出中だったが、生存者の名簿に名前はなかったと聞かされている。今となってはもう、誰も名前を知らない死者、行方不明者数という数字のなかの二名にすぎない。
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