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県内で開催された陸上秋季大会。江藤はトラックに立っていた。
まだ前の状態までには戻っていないようだけど、それでも順当に勝ち、決勝まで駒を進めていた。
高校生と言えども、アスリートだ。俺にはよく分からないが、一度落ちた筋肉、試合の感覚を取り戻すのは大変なんだと思う。
加えて、目の前にはハードルが並んでいる。あの日の記憶が、それを拒絶させないのだろうか?見ているだけで心配になる。
それでも江藤は走った。そして跳んだ。
恐怖をもろともせず、華麗に。美しく。
誰もがそのスピードと跳躍に見惚れた。無論、俺も。
「優勝したら、またライブしてよ」
先生からしこたま怒られた後、江藤は俺にそう言った。
やるさ。何度でもやる。
君がそれを望むなら。
それが力に変わるのなら。
スタートラインに立つ江藤が、スタンドを向いた。俺の方を向いて、右こぶしを上げた。俺もそれに呼応して、右こぶしを上げた。
そうさ。
俺たちはロックで繋がった同志だもんな。
軽くジャンプして、深呼吸。スターティングブロックに両足をセットする。
行け、江藤。お前の走りを見せてやれ。
みんなの心を、震わせてくれ。
会場に号砲が鳴り響くと同時に、江藤千夏は疾風のごとく、その左足を蹴り上げた。
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