妖精のドレス

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 長い髪を結い上げてあの人が作ったドレスに袖を通すと、まるであの日々、ここに通っていた日々が蘇ってくるようでした。  じっとティアナを見つめていたあの目を思い出します。  調整も必要ないほど、ティアナの体にドレスはぴったりと馴染んでいました。  白と金とがきらきら輝き、気持ちが高揚します。結婚をして幸せになるように祈りを込めて縫ってくれたのだろうあの人のことを想い、ティアナの目尻に涙が浮かびました。  ――ここに、あの人がいたらいいのに。  そしたら溢れる感謝と愛しさを伝えることができるのに、と思います。  ドレスの裾や腰のあたりから溢れるように贅沢に使われたフリルに触れたり見つめたりしていると、あの人の孫である青年がその腕にあるものを抱えて近づいてきました。 「祖父は色々な人物の絵も残してましてね」  どこかいたずらっぽく、青年は微笑みます。 「自画像なんかも残っていたんです」  腕に抱きかかえられたものは一体の人形。けれどお店に飾られているのとはまた違う姿の……。 「祖父の自画像をもとに、人形を作りました。似ていると良いのですが……」  そう言って青年は、人形をティアナの前に立たせました。人間とは違う大きさの、妖精に近いサイズになったあの若者が、そこにはいました。  ティアナは震える指先で、青年が操る人形の頬に手を伸ばします。お人好しで押しに弱そうな顔。 「そっくりよ。あの人、そっくり」 「それは良かったです」  時計から流れる音楽は絶えず流れ続けています。 「ねぇ、この人形は、踊ることは出来るのかしら」 「はい。操り人形ですので。私も人形師として努力を続けてきましたから、軽やかなステップを踏ませることができますよ」  ティアナはドレスの裾を持ち上げ、お辞儀をします。 「私は結婚してしまうけれど、今はまだ誰のものでもないただの女の子よ。どうかダンスに誘っていただけないかしら?」  それは青年に向けてではなく、かつて出会ったあの若者に向けての言葉です。  ――こちらこそ、どうか一緒に踊ってたいただけませんか。美しい人。  聞こえて来たその返答は、ティアナの願望かもしれないし、このお店のどこかに眠るあの人のこえだったのかもしれません。  音楽の鳴りやむまで、心ゆくまで、ティアナは愛した人と最後のダンスを踊り続るのでした。
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