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運命の研修旅行
「尚……ねぇ、尚ってば!」
あー、誰だよ……心地良い微睡みを邪魔するのは。
「もうっ! 起きなさいよ、尚史っ!」
グインと強く腕を掴まれて、身体が右に傾いだ。そのままグラリと宙に投げ出される感覚に、動物的な危機を察知して、僕は目覚めた。
「あ、危なっ!」
目覚めた場所は、自室のベッドでも、教室の机の上でもない。薄暗いが、周りの状況は見える。狭い通路、前の座席の背もたれ、天井の照明灯――ここは、大型バスの車内だ。
そうだった。僕達、西都高等学校の2年生は、2泊3日の研修旅行で東喜平スキー場に向かっている途中なのだ。高速道路が事故で不通になり、峠越えのルートを予定より5時間遅れで走っている。本来なら旅館で夕食タイムを終えているはずなのだけど、まだ当分着かないので、生徒の大半は持参したお菓子で空腹を誤魔化したあと座席で眠っていた。
「え? 柊子? どうした?」
座席の肘掛けから通路側に向かって、僕の上体がずり落ちかけている。慌てて体勢を整え、顔を上げると、幼なじみの笹森柊子が通路を挟んだ右隣の座席で不安気に僕を覗き込んでいた。
「ちょっと……運転、妙じゃない?」
「妙って……わっ!」
「きゃっ!」
聞き返した途端、フラッと身体が左右に揺れ、そこここから驚声が上がった。どうやら起きているのは僕達だけじゃなかった。
「おい、淳彦……」
隣の窓側の座席を振り返れば、友はスマホを手にしたまま爆睡している。車内灯が落とされたあとも、彼はゲームに夢中になっていたんだっけ。
「先生! 鮫島先生!」
前の方で誰かが担任の名前を呼んだ。次の瞬間、再びギュインと身体が揺さぶられた。さっきより大きな悲鳴が上がる。
「尚、これって変だよ……運転手さん、居眠りしてるんじゃ……」
耳を澄ますと、確かにタイヤの走行音が乱れている。
「ヤバい! 運転手さんの意識がない!!」
フロントガラスの前に黒い人影が見える。あれは学級委員長だ。いつも冷静な後藤田の焦り声を初めて聞いた。この頃には、大半の生徒が目覚めていて、キャアキャア悲鳴が飛び交っている。
「誰か、ハンドル持ってくれっ! 僕はサイドブレーキを――」
三度、グゥーンと大きく揺れる。直後、車体が擦れる不快な機械音と共に、なにかが弾けたような激しい衝撃音が車内を駆け抜けた。
「トーコっ!!」
「尚っ!!」
僕達は低い姿勢を取りながら、通路越しに手を伸ばした。一瞬、温かいものに触れ……その熱がスッと消えた。彼女の席を見ると、通路より右半分の車体が丸ごとなくなって――真っ黒な闇がポッカリと口を開けていた。
「嘘だろ?! トーコぉぉぉ!!」
力の限り叫んだが、その瞬間、猛烈な疾風が吹き狂い、僕は座席に後頭部を強打して意識を失った。
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