第6話

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 じゃり、と靴裏が砂粒(すなつぶ)を弾く。  ぼんやりとした外灯の明かりが、ベンチに人影を浮かび上がらせているのが見えた。  ぱっと白い液晶(えきしょう)の光が消える。 「……うそ」  小さく呟く。  思わず本音がこぼれた。 「響也くん……?」  わたしの願望が生み出した、夢か幻かと思った。  でも、(またた)いても消えたりしない。 「どうしたの」  彼はスマホをしまいながら、わたしの方へ歩み寄ってくる。  こんな時間にここにいること自体は、大したことでも何でもないようだった。 「そんなもの持って……」  わたしの握り締めるカッターナイフを見やり、困惑を顕にする。  そう言われてようやく、必要以上に込めていた力が抜けた。 「これは……万が一に備えて」  もしかしたら愛沢くんがどこかで見張っているかもしれない、という警戒心からだった。  ありえないことではないと、彼の執念深さを知った今なら思う。  本当は今この瞬間もそばに潜んでいて、わたしたちを嘲笑っていたらどうしよう。  そう思うと足がすくむ。  きっと今度こそ、直接の暴力を振るう引き金になりうるだろう。 「!」  遠慮がちに頬に触れられ、はっと我に返る。 「……心配してた。連絡もつかなくなって」  それでも愛沢くんに(はば)まれ、わたしに近づくことさえ出来なかったのだろう。  わたしがそうだったように、彼もそうだった。  優しい星野くんは、無理に関わってわたしに(るい)が及ぶことを危惧していたのだと思う。  実際、隼人の(たが)はもう外れる寸前のところまで来ている。  それで諦めざるを得なかったんだ。 (ぜんぶ愛沢くんの思惑通りに……) 「ごめん、わたし────」 「大丈夫。言わなくても分かってる」  指先のあたたかい体温が頬から伝わってきた。  心が震えて、目の前がゆらりと揺れる。 「守れなくてごめんね」  呼吸が詰まった。  考えるより先に身体が動く。  つんのめるように一歩踏み出し、その胸に倒れ込んだ。  必死でしがみつく。 「……っ」  ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。  内側に蓄積(ちくせき)していた重く暗い感情があふれ出ていくようだった。  荒んで傷だらけになった心に彼の思いやりが染みていく。  一瞬戸惑うような間があったあと、星野くんが背中に手を添えてくれる。 「大丈夫だよ。泣かないで、こころ」  彼の腕の中におさまると、安心感に包まれていっそう涙が止まらなくなった。  優しさを求めてしまうのは、わたしが弱いせい?  理解を望んでしまうのは、わたしの単なる甘え?  何だっていい。  何だって構わない。 「……助けて……」  震える声で言う。本心が口をついて出た。  追い詰められてようやく分かった。  今のわたしに必要なのは星野くんだ。  前を歩いて引っ張ってくれる強さより、歩幅を合わせて隣を歩いてくれる優しさを求めている。
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