拾 意気地なしの奮闘

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「誰なんだ、その相手の男は? 家門を言ってみろ」  すぐにその男との婚約を取り付けてやる、と言うアレクサンドロスにシエラはニコッと笑ってみせた。 「パパ。パパは私の父親になんてなれないよ」  先日、自分の養父になると言ったアレクサンドロスへのシエラの回答だ。するとアレクサンドロスはショックを受けた顔をするが、シエラは構わずに続けた。 「私の好きな人は、アレクサンドロス・シーザー・ドラゴミールなの」  緊張で声が震える。 (みんな、すごいなぁ…)  シエラは今までに見てきた恋に泣き笑う人々のことを思い出していた。ローズマリアも、キャメロンも、ロナウドも、それにノアだって…みんな、今の自分みたいに凄く緊張しながら勇気を出して思いを伝えたんだって思ったら、本当に凄いことだと思った。  はじめは、ローズマリアが泣く姿を見て可哀想だと思ったけれど悲しむ気持ちが分からなかった。自分は恋というものを知らなかったんだ。  次にキャメロンとロナウドを見て、恋は一筋縄ではいかないって事を知った。悲しくて辛いし、そして大事で幸せになれる。それを知ってシエラは自分の恋心に気付けた。  そして、ノア。シエラに向き合うことの勇気を教えてくれて、背中を押してくれた人。なによりも、自分に恋をして良かったと言ってくれたんだ。だから自分も、これ以上恥ずかしくない自分でいたい。 「好きな人を、父親と見れる筈がないでしょ?」 (ノアのおかげで私、意気地なしを卒業出来たよ)  未だ言葉も発せないほどに驚き固まるアレクサンドロスを改めて見上げて、シエラは勇気を出す。 「パパ、好き。私とずっと一緒にいてください…」  アレクサンドロスは何も答えない。不安が募るシエラだったが、もう決して目は逸らさないとアレクサンドロスをじっと見つめ続けた。 「…………」  するとアレクサンドロスの目から一粒の涙がこぼれ落ちる。それはまるでダイヤモンドのように輝く綺麗な涙で…シエラは彼の涙を初めて見た。 「……シエラ」  アレクサンドロスの口がシエラの名を紡いだ。 「…俺でもいいのか…?」  見れば、アレクサンドロスの涙に濡れた金色の瞳は揺れていて、不安そうな顔をしていた。 「俺はお前と歳が離れているし、シエラからすれば俺は父親代わりにしかならないって…」  そう言って涙を流す愛しい人に、シエラは「パパ、しゃがんでくれる?」と優しく言った。アレクサンドロスはすぐにシエラに言われた通りにその場に膝をつく。  仮にも一国の王なのに…そんな簡単に膝をついていいものなのかとシエラは思って、クスッと笑ってしまった。  いつも隙が無くて大人で皇帝として完璧を体現したような人だと思っていたが、今目の前にいるアレクサンドロスは…何というか、素直で弱々しくて可愛い。  これでやっと涙を拭ってやれる、と取り出したハンカチをアレクサンドロスの目元に押し当てながらシエラは尋ねた。 「去年、誓い合ったことを覚えてる?」 「あぁ…」  お前とのことは全て覚えている、と続けるアレクサンドロスにシエラは嬉しそうにニコッと笑う。  去年誓い合った愛の誓い…あの時はまるでおままごとのような誓いだったけれど、思い返してみればあの時すでに、気付いていなかっただけでシエラはアレクサンドロスに恋をしていたのだ。 「あの時から私ね、パパに恋をしてたんだよ」  そして、シエラはアレクサンドロスにそっとキスをした。去年とは違う、頬ではなく唇に…。  シエラがゆっくり顔を離すと、すぐにアレクサンドロスと目が合う。彼はどうやら驚いているようで、目を大きくして自分を見つめていた。 「私、パパにこうしてキスとかしたい…そういった『好き』なの」  かぁっと顔を赤らめるシエラにアレクサンドロスの心臓はドキドキと高鳴った。 「シエラ。俺は…」  アレクサンドロスの大きな手がシエラの華奢な両肩を優しく掴む。 「俺にとってお前は、味方も少ない戦ばかりで荒んだ俺の人生に差し込んだ唯一の光だ、愛だ、家族だ…。娘のように思って大切に育ててきた筈なのに、いつの間にか俺は、お前を一人の女として愛していたんだ」  肩を掴む手にグッと力が入る。アレクサンドロスはどこかでシエラとの未来を諦めていた。きっと自分は彼女にとって父親以外の何者でも無いのだと…この気持ちに蓋をして、自分は少しでもシエラの側で彼女の幸せを見届けようと…。  けれど、奇跡が起きた。自分の好きな女が、自分を好きだと言ってくれた。  アレクサンドロスはそっとシエラに顔を近付ける。 「俺を、一人の男として愛してくれるか…?」  もうすぐ唇が触れ合いそうな所でアレクサンドロスが動きを止めて尋ねてきた。シエラが顔を真っ赤にしながらも迷わずに頷くと、アレクサンドロスは幸せそうに笑って、そしてシエラにキスをした。
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