拾 意気地なしの奮闘

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「え、君と僕が…?」  聞き間違いか? と、ノアは確かめるように尋ねた。 「悪い話ではありませんよねぇ。私たち家格の釣り合いもある程度取れていますし…政治的な意味合いも悪くありません」  どうやら聞き間違いではないらしい。ノアは彼女が心配になった。 「マイリーン嬢。君は…本当にそれでいいの?」  シエラへの恋心を抱きながら、別の人との結婚を受け入れられるのかと、ノアは尋ねていた。 「…私はきっともう恋はしないと思うんです。それなのに他人に愛を求められたり与えられたりすることが苦しくなると思うんですよねぇ。ノア様も今更他の女性に目を向けられますか?」  確かに。今からシエラ以上に好きになれる女性を見つけるのは難しい気がする、とノアは納得した。なるほど、契約結婚…というやつなのだろう。 「つまり、僕と仮面夫婦になろうと…」 「そんな寂しいものはやめましょうよ」  のんびりと、マイリーンはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。 「愛情はなくとも、私たちには同じ人を好きになった同士という友情があるじゃないですか」  友情で結ばれる結婚もあると思うんですよね、と続けるマイリーンに、ノアは思わず声をあげて笑ってしまった。 「変だな…振られて悲しいはずなのに…」  ノアが握手を求めるようにマイリーンに手を差し出した。 「君のおかげで…今、僕は笑えているよ」  だってお互い同じ人を好きなまま結婚するだなんて奇妙だ、と笑うノアにマイリーンもニコッと笑い、彼と握手をした。 「お互いを尊重し合える夫婦となりましょう!」  握手をし、見つめ合う二人。 「まずは友人から。しっかり期間を取り、僕たちの相性が良ければ婚約しよう。その場合、君には婚約を結び次第すぐにブランシュ家に来て貰って公爵夫人としての教育を受けて貰うけど…」 「さすがノア様。慎重でしっかりしてますねぇ」  今日のこの傷が癒える日は、きっともっと先の未来なのだろうけれど…ノアはチクチクと痛む胸の痛みを愛おしく感じていた。 (この傷が癒えた時、僕は一体何を思っているだろうか)  そんな事を考えながら、すっかり煙の晴れた夜空を見上げるノアだった。  *  皇宮に帰宅したシエラがアレクサンドロスの従者に彼の居所を確認するとまだ執務室にいると返答が返ってきた。 (毎年、一緒に花火を見ていたのに)  そうか、自分が今日は出かけていたから…アレクサンドロスは今までシエラに合わせて花火を一緒に見てくれていたのだろう。 (お仕事が忙しいくせに、私のために時間を割いてくれてたんだ…)  今更ながらアレクサンドロスのちょっとした思いやりに気付き、シエラは胸が温かくなった。執務室の扉の脇に立っていた騎士にシエラが来たことを中へ伝えてもらうと、すぐに扉が開き中からジェフリーが顔を出す。 「シエラ様。お帰りでしたか」 「ジェフリー、遅くまでお疲れ様」  シエラがジェフリーに声をかけながら入室すると、中では何故かヴィンセントが書類整理をしていた。 「…猫の手も借りたいので、仕方なく近衞騎士隊長の手を借りているところです」  何故そんなことになっているのだろう…。シエラが執務室の中を見渡すと、普段は別室で仕事をしている補佐官達も慌ただしく動いている。もしかして、非常にタイミングが悪い時に訪れてしまったのだろうか。 「アレクサンドロス皇帝陛下が無理に仕事を前倒して進めるものですから。このような有様です」  なるほど、全てはアレクサンドロスの独断で周りに迷惑をかけているということか。 「数日前から突然仕事に没頭されて…何かあったのでしょうか?」  続くジェフリーの言葉にシエラは申し訳ない気持ちになった。時期的におそらく、シエラがアレクサンドロスに怒って部屋を飛び出したことが原因のように思える。 「…パパはどこ?」  アレクサンドロスの姿を探して部屋を見渡すシエラに、ジェフリーはため息をついてから「今は頼み込んで休憩して貰っています、補佐官側の仕事が追いついていませんので…」と答える。 「仮眠室から続くバルコニーで夜風に当たっていらっしゃいますよ」  ジェフリーの言葉を聞いてすぐにシエラはバルコニーに向かった。  シエラがバルコニーに出ると、こちらに背を向けて夜の街並みを眺めているアレクサンドロスがいた。 「なんだ。もう休憩は終わりでいいのか?」  人の気配を感じジェフリーだと思ったのか、アレクサンドロスはこちらを振り返りもせずに皮肉った物言いで言った。 「…パパ」  シエラの声を聞き、アレクサンドロスがすぐにこちらを振り返る。 「シエラ?」  驚いた表情を浮かべるもすぐに、アレクサンドロスはシエラの元へ近付き自身が羽織っていた上着を脱いで彼女の肩にかけてやった。 「夜は冷えるから、それでも羽織っていろ」  アレクサンドロスの体温を上着を通して感じたシエラは心が温かくなる。 (あったかい…)  そして彼の匂いに包まれている。まるで、アレクサンドロスに抱き締めて貰っているようでシエラは少し照れてしまった。  実はシエラとアレクサンドロスはあの日からまともに顔を合わせることが久しぶりだった。シエラが一方的に避けていただけなのだが、毎晩共にしていた晩餐も別々に取っていたのだ。 「…パパ。あの日、急に怒ってごめんなさい」 「いや…。突然のことでシエラも驚いただろう」  謝るシエラにアレクサンドロスも気遣って言葉をかけた。 「俺もシエラの意思を確認せずノア・ブランシュとの婚約を決めてしまったから…他に好いた男がいたのか? そこに気付けず、勝手なことをしてすまなかった」  そして、シエラにとっては的外れな言葉を続けるアレクサンドロスにシエラはクスッと笑ってしまった。いや、あながち的外れでもないのかもしれない。 「うん。私、他に好きな人がいるの」  シエラがそう言うと、アレクサンドロスは少し固まって「そ、そうか…」と力無く答えた。
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