拾 意気地なしの奮闘

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 先ほどシエラからしたそっと唇を重ねたキスではない。アレクサンドロスの唇がシエラのそれを優しく食んだかと思えば、彼の舌が彼女の小さな歯や舌に絡まり水音を奏でている。  シエラは未知なる性への世界に触れて羞恥心と混乱と期待に頭が一杯いっぱいになりながらも、なんとかアレクサンドロスに応えようとしていた。 (これが…パパの、大人のキス…!)  今までの自分が恥ずかしい。まるでおままごとのようなフレンチ・キスでいつの日かロナウドにキスくらいした事があると大口を叩いたのだから。 「シエラ、もっと口を開けて舌を出せ」  唇が離れたかと思えば、アレクサンドロスにそう言われる。え、舌を…? と、思いながらも、シエラの快感に痺れた脳では考えも纏まらず、アレクサンドロスに言われた通りにした。  口をもう少し開き、遠慮がちに舌を出しながら彼を見つめると、アレクサンドロスは目を細めて自分を愛おしそうに眺めては、再び顔を近づけてきた。  アレクサンドロスの欲情した瞳で見つめられるとシエラの体の奥がゾクゾクする。間も無く二人の舌が触れ合って、今度は突き出している分より深く絡まった。 (私の舌と唾液…パパに吸われ…っ)  その時、シエラの膝から力が抜けて、ガクッと体勢が崩れる。すぐにアレクサンドロスが抱き止めてくれたから転ぶことは無かったのだが…腕に抱かれたシエラは薄紫の瞳を潤ませて、蕩けたような顔で口端から唾液を垂らしながらアレクサンドロスを見上げていた。  もう頭では何も考えられなかった。快感に酔いしれた脳では、自分が今いかにだらしのない表情をしているかなんてシエラには分からなかったのだ。  始めは違和感であった筈のアレクサンドロスの舌が、いつの間にか心地よく感じ始めていたシエラは、初めてにしては大きな快感を感じて立っていられなくなりつい腰を抜かしてしまっていた。 (シエラのこの表情…やばいな)  無垢なシエラに今まで抑えてきていた欲望の一部を無遠慮にぶつけてしまったアレクサンドロスは、自身の我慢の無さに後悔し反省する。 「…すまない、シエラ。つい夢中になってしまった」  そう言いながらも、アレクサンドロスの金の瞳はまるで肉食獣のようにギラギラと輝いてシエラを見下ろしている。まだ満足をしていない目だった。  シエラはアレクサンドロスが今、本気で自分を求めているのだと分かり、恋とは違う…何だか下腹部が疼くような胸の高鳴りを感じていた。 「だ、大丈夫…」  シエラはモジモジしながら小さな声で言う。 「キスだけじゃなくて私…パパとセッ…スもしたいと思ってるし…」  すると、アレクサンドロスの金の双眸が鋭く光り、シエラの顔を覗き込んだ。 「お前、セックスがどんなものか分かってるのか?」  アレクサンドロスに『セックス』とはっきり言われたシエラは、恥ずかしさから赤い顔でアワアワと慌てる。 「それも分からない無知のくせに、俺を煽るのはやめろ」  アレクサンドロスは少し怒ったような表情で…シエラは恥ずかしさのあまり思わず顔を逸らすと彼の指がシエラの顎を掴みそれを許さなかった。 「し…知ってるし…!」 「ほぉ、じゃあ言ってみろ」  強制的に見つめ合わされる中、強気に出たシエラにアレクサンドロスは受けて立つと余裕そうな笑みを見せる。シエラは何だか悔しくなった。 (いつまでも私を子供扱いなんかして!)  シエラは少し気弱になりながらもそれを気取られないよう敢えて自信に満ちた笑みを浮かべながら、アレクサンドロスに自分の知る性知識を教えてあげることにしたのだ。 「セッ…スは二人の男女が愛し合い子作りすることで…」 「つまり?」  食い気味に次を促すアレクサンドロスに、シエラは、何か今日のパパ意地悪じゃない? と、思いながらも続けた。 「は、裸で一緒にベッドに入る…」 「それで?」 「…手をつなぐ!」  きゃ、と恥ずかしそうに照れ笑いするシエラ。 「………」  アレクサンドロスは少し残念そうな顔をして、腰の抜けたシエラを横抱きにすると立ち上がる。 「シエラ…お前にまだセックスは早い」  暫くはキスだけで我慢しろ、と言うアレクサンドロスに何となく憐れみの目を向けられているような気がしてシエラはショックを受けた。 「パパひどい! 意地悪! この魔王皇帝!」  周りが付けたあの気に食わない渾名をシエラに言われるとこうも愉快に思うのは何故だろうかとアレクサンドロスは笑った。 「魔王でも何でもいい。お前を幸せにする者が、アレクサンドロス・シーザー・ドラゴミールならば」  自分の腕の中で顔を真っ赤にして喚くシエラの頬にキスをするアレクサンドロス。するとシエラはすぐに大人しくなり「ずるい…」と恥ずかしそうに照れながら言った。 「俺たちの初夜は、お前がもう少し大きくなるまでとっておこう」  そして続ける。 「まぁ、お前の言う手を繋ぐ? とかいう『セックス』を今夜試してみてもいいけどな」  アレクサンドロスの揶揄う態度にシエラは声にならない叫びを上げた。 「もう、子供扱いしないで!」  アレクサンドロスは珍しく声を上げて笑っていた。 「愛してるよ、シエラ」 「…私も、愛してる」  こうして17歳差の夫婦はついに、思いを通じ合わせたのだった。  —拾 意気地なしの奮闘・終—
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