ターコイズの指輪

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私の名前は、美春(みはる)。 今年で39歳になる社会人だ。 これは今から17年以上前、高校卒業と同時に、私がアメリカに留学していた時の話である。 当時、エージェント経由で留学した私を含めた留学生の一団は、先ずは環境に慣れる為、ユタ州にある大学の寮で暮らす事になる。 勿論、ルームメイトは現地の生徒だ。 私のルームメイトは、ネイティブアメリカンの女性だった。 とても朗らかで明るい――長く豊かな黒髪が自慢だった私のルームメイト。 しかし、一緒に暮らしてから数週間が過ぎた頃、私は彼女からある事をお願いされる。 それは、『深夜に母親と妹が仕事から戻って来るから、シャワーとリビングを貸してあげて欲しい』というものだった。 使った後は掃除もするし、絶対に迷惑はかけないから、と必死に頼み込んで来る彼女。 別に迷惑だとは感じなかった為、私はすんなりと彼女のお願いを受けた。 と、早速その翌日から彼女の母親とその妹が部屋を訪れる様になる。 が、別に嫌な人達ではなく、寧ろネイティブアメリカン特有とでもいうのだろうか……独特の気安さやノリがあり、私は何時しか、ルームメイトと一緒に彼女達を迎える様になった。 ルームメイトにそっくりな、豊かで艶のある長い黒髪をしていた2人。 ネイティブアメリカン独特の知恵や知識に基づいた2人の話はとても楽しく興味深く、私は寧ろ、寝る間も惜しんで聞くほどだった。 すると、ある日、彼女達はこんな話を聞かせてくれる。 それは、彼らにとって【ターコイズ】という石は大変に特別であり、それを贈るのは家族と認めることである、と。 「いつか、貴方にも、お揃いの指輪をプレゼントしたい」 そう語りながら笑ってくれたルームメイトの母親と妹。 しかし、そんな彼らの様子に徐々に変化が起きていく。 目に見えて、日に日にやつれていく2人。 豊かで艶のあった黒髪からも、いつしか艶は失われ、パサパサと――まるで、使い古した箒かモップの先端の様になっていく。 それは日を経るごとに酷くなり……2人の目に見える悪い変化にとても心配になる私。 そうして、ターコイズの話をしてから2週間後。 母親と妹が、突然部屋を訪れなくなってしまった。 あれだけ、毎日訪れては楽しい話を聞かせてくれていたというのに――。 私の頭と胸の中を嫌な予感が駆け巡っていく。 と、2人が部屋を訪れなくなってから3日後。 ルームメイトが突然、大学を辞めると私に告げてきた。 何でも、実は彼女の家はお金に困っており、彼女の進学資金は母親と妹が働いて出してくれていた様なのだ。 けれど、あまりに過酷な労働に2人は体を壊してしまい、遂には亡くなってしまっていたらしい。 故に、彼女は大学を去る決心をしたそうなのだ。  そう――私の嫌な予感は的中してしまった。 泣きながら、去っていくルームメイトを見送る私。 その日の真夜中。 私の部屋の窓が、軽くコツンコツンと鳴らされる。 慌てて跳ね起きる私。 私が窓の外を見てみると、豪奢だがあまり見たことのない衣装に身を包んだルームメイトの母親が微笑んで手を振っていた。 (きっと、あれは彼女達の伝統の民族衣装なんだ) なんとなく、そう察する私。 すると、ルームメイトの母親が徐に私のパジャマの胸ポケットを指差す。 疑問に思った私が、胸ポケットの中を見てみると、そこには――とても美しいターコイズの指輪が1つ入っていた。 その指輪を握り締め、顔を上げる私。 しかし、その時には既に窓の外にはルームメイトの母親の姿はなくなっていた。 あれから沢山時が経ったけれど、このターコイズの指輪は、今でも私の宝物だ。
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