2人の夢

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受験シーズン真っただ中のこの季節。 この時期になると、僕は必ず思い出す出来事がある。 僕の名前は、西澤(にしざわ) 拓哉(たくや)。 今年会社に入ったばかりの新社会人だ。 まだまだ慣れない仕事が多く、毎日上司に怒られてばかりいる僕だが――こんな僕には、親友がいた。 そう、あれは僕が中学3年生だった頃――。 僕には、幼稚園からずっと一緒に育ってきた、気の置けない親友がいたのだ。 名前を、西脇(にしわき) 祐輔(ゆうすけ)。 中学2年生の頃からサッカー部のキャプテンを務め、2年生の後半からは生徒会長も務めていた祐輔は、僕の大切な親友であると共に、僕の誇りでもあった。 万年帰宅部でオタク丸出し、冴えない暗黒の中学生活を送っていた僕とは正反対に、体も大きい上に背も高く、キラキラと輝く様な――まるで、青春漫画の見本の様な学生生活を送っていた祐輔。 しかし、それでも祐輔は僕を嫌ったりする事等は無く。 いつも、気安い親友として接してくれていた。 だからこそ、僕も彼とは、距離を置くことなく、長く友人でいることが出来ていたのだと思う。 そんな僕達2人には、ある共通の夢があった。 それは、海外留学だ。 4歳の頃から、共に近所の英会話教室に通い、切磋琢磨して来た僕と祐輔。 僕が英検で3級を合格すると、直ぐに祐輔も3級に合格して。 逆に、祐輔が先に2級に合格すると、僕も絶対に追いつきたい気持ちで2級に合格する。 そうやって、お互いぶつかり合い、ときには励まし合いながら、僕達は好きな英語力を磨いて来たのだ。 なので、そんな僕達の夢が海外留学になるのも、ある意味必然だったと言えるだろう。 「大きくなったらさ、アメリカの大学に留学して、トップの成績で卒業してやるんだ」 僕がそう言えば、 「じゃぁ俺は、アメリカの大学にお前より早く留学して、サッカー部でモテモテになって、美人な彼女と結婚までしてやるぜ」 祐輔は、白い歯を見せて爽やかに笑いながらそう告げてみせる。 そうやって、将来の夢ともつかない妄想の様なものを語り合っていた僕達。 しかし、ある日突然チャンスが訪れた。 それは、僕達が中学3年生になったばかりの時。 進路指導の先生が僕達に、ある話を持ってきたのだ。 その内容は――。 『うちの中学と昔から付き合いのある高校が、グローバルコミュニケーションというコースを新設した。そこは高校2年生になったら、アメリカに留学できるシステムがあるコースだ。当然、英検を持ち、英語力が無ければ受験できないが、お前たちの英語力ならば推薦を出せるだろう。良かったら、2人とも推薦を受けてみないか』 という、夢の様な話だった。 二つ返事でその話を受けることにした僕と祐輔。 推薦といえども、英語の実力テストがあるらしく、僕と祐輔は前にも増して熱心に英語を勉強する様になった。 (絶対に合格して、祐輔と同じ高校に行く!そして、一緒にアメリカに留学するんだ!) その一念で、朝も夜もひたすら勉強する僕。 と、推薦の受験日が迫った冬の日の夜――僕に、ある知らせが齎される。 受験勉強中の僕しか起きていない、雪の日の真夜中――突然鳴り出した家の電話が伝えたのは、大切な親友である【祐輔の死】という残酷過ぎる知らせだった。 祐輔が死んだ。 あの祐輔が死んだ。 親友が。 たった1人の親友が。 死んでしまった。 あんなに約束したのに。 一緒に海外留学をする夢が、すぐそこにまで迫って来ていたのに。 なのに。なのに。 祐輔はその夢を叶えることなく。 僕を置いて、たった1人で空に逝ってしまったのだ。 祐輔は、塾の帰りで信号無視をした車に撥ねられて亡くなったらしい。 不幸にも、人通りが少ない通りであった為、その遺体の発見は遅れ――祐輔の遺体が発見された時には、その体にはうっすらと雪が積もってしまっていたそうだ。 どれだけ寒かっただろう。 どれだけ辛かっただろう。 どれだけ悔しくて、悲しくて、苦しかっただろう。 夢半ばで死んでいった親友の事を思うと、僕は苦しくて仕方がなかった。 その夜から、僕は、一切勉強が手につかなくなってしまった。 けれど、不平等にも……不幸にも、受験の日は訪れた。 (きっと、このままじゃ受からない……) 祐輔との夢だったから、この高校には合格したい……が、正直、今の僕には自信が無い。 不安に駆られた僕は、こっそりとズボンのポケットの中にカンニングペーパーを忍ばせた。 そうして、いよいよ始まってしまう英語の実力テスト。 案の定、頭が真っ白になってしまった僕は――誰にもばれない様、震える指でポケットに入れたカンニングペーパーを取り出そうとする。 が、その瞬間――。 優しく、しかし強い力で、ポケットに入れた僕の指が……中で誰かに掴まれる。 ポケットの中、不安に震える僕の指を掴む、僕より一回り大きく力強い手。 (祐輔の手だ……!) ポケットの中なんてまるで見えやしないのに、その体温で……温もりで、何故かその手が祐輔の手だと確信する僕。 と、そんな僕の耳に、不意に祐輔の声が飛び込んで来た。 「お前!こんな時に、何してんだよ!」 強く、まるで僕を叱りつける様にそう告げて来る祐輔。 「大丈夫!お前なら絶対出来るって!自信持てよ!だから、こんなバカなことしちゃ駄目だ!」 祐輔は一方的に、まるで僕の背中を押す様に――それでいて、どこか諭す様にそう語り掛けると、僕の指を掴んでいた手をそっと放す。 その時の僕には、もう、不思議とカンニングしようという気持ちは無くなっていた。 その代わり、心の底から溢れて来たのは自信。 僕の胸に溢れていたのは、あの祐輔と共に積み重ねて来た輝かしい日々――その努力と時間に対する絶対的な自信だけだった。 「よしっ!絶対やってやる……!」 あの日から、約7年程経った今――。 高校には無事合格し、2年生で短期留学を果たした僕は、そのまま――卒業後はアメリカの4年制大学に留学する事となる。 アメリカで過ごした日々は長い様でいて短かったけれど、どれも、僕にとっては色褪せない……今でも輝く宝物だ。 その経験を活かして、今は外資系の製薬会社に営業として勤務し始めた僕。 毎日が外回りでとても忙しいけれど……その、目が回る様に忙しい日々の中、冬になってふと考える事がある。 それは――。 (もし、あの時……祐輔が止めてくれなければ、僕はどうなっていただろう……) 少なくとも、きっと、今の僕はいなかった筈だ。 僕は、今の僕を作り――あの時道を踏み外しそうになっていた僕を止めてくれた親友に、心の中でそっと思いを馳せた。 (そうだ。今度の休みには、祐輔の墓参りに行こう) そうして、まだ似合わない……やや大きめのスーツを着た僕を見て貰うんだ。 きっと彼は爽やかに、あの白い歯を見せて笑う事だろう。 『お前、似合わねぇな!けど。あの時、俺が言った通りだっただろ?親友』 と。
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