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思わず、は、と呆けた声が出てしまう。
「えっと、健吾さん。これは一体……?」
未だ現実に戻れないまま、恐る恐る背後にいる健吾へと目を向ける。当の本人はと言うと額に手を当てながら「全くもう」と呆れ気味に盛大な溜息を零していた。
「せっかくの機会なんだから準備したのに、何でお前から雰囲気ぶち壊しに来るんだよ」
「あの、答えになっていないのですが……」
「見ての通りだよ。……これでピンと来ないのなら本気で怒るぞ」
僅かにずれた眼鏡をかけ直し、健吾は言葉を続ける。
「ほら、もうすぐ付き合って一か月だろ? 記念も兼ねてお前が行きたがってた遊園地でも連れて行こうかと思って、当日まで隠し切るつもりだった」
一回で意味を理解できず、思わず目をぱちくりさせる。確かにあと少しで一か月記念日だけども。ゆっくりと関係を築きたいと、確かに言ってましたけども。
「じゃあ、何度もポケットを弄ってたのは……?」
「お前がポケットの中で手を繋ぎたいだの駄々こねたからだ。めっちゃ視線感じたし、気になるのも仕方ねえだろうが」
「手を繋ぐのを拒んだのは……?」
「それは行きの時も言っただろうが。何だ、その……察しろ」
徐々に語気が弱まっていく中で、健吾は再びそっぽを向いてしまう。その横顔は寒さで乾燥したせいか仄かに紅潮している。普段は決して見せない彼の弱みが、わたしの身体の内側で何かを沸き立たせた。
ほら、さっさと行くぞ──ぶっきらぼうに吐き捨てて歩き始める健吾の横を同じ歩調で、抑え切れない笑顔のまま歩き始める。ふと、自分の手の平へと目を落とした。寒さで冷えたせいか、はたまた気分が高揚したせいか、じんじんと震え出して止まらない。
急に、人肌が恋しくなった──そう言い訳してやろう。
「ちょっ、円香⁉︎」
困惑する健吾などお構いなしにわたしは彼の片手を掴み、そのまま自分のボアジャケットのポケットの中に突っ込んだ。温もりに満ちた狭い空間の中でゆっくりと指を絡ませる。
「急に何を──」
「だって、そっちのポケットはチケットが入ってて空いてないでしょう?」
平然を装いながらそう答えて、最後ににっと笑ってみせる。
「だから代わりにわたしのポケットに入れてあげたの。感謝してよね?」
「……まったく」
呆れ気味にそう吐き捨てた健吾は、わたしにその表情を見せてくれない。覗き込んで揶揄ってやろうかと思ったけど、駄目だった。今のわたしの顔も恐らく健吾と同じぐらい真っ赤っかだ。
鼻筋にふと何か温かいものが染み渡り、空を見上げる。スノードームのように丸みを帯びた空から、粉雪が散り始めていた。
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