求婚

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求婚

 言葉を取り戻してから、以前と同じようにルーカス様とボードゲームをしたり、お茶会をしいたりをした。  でも時々、ルーカス様の仕事で、僕の意見を聞かれるようになり、少しずつ一緒に過ごす時間が増えていった。 「こことここの領土間で、最近小さないざこざがあると報告を受けたのだが、まだ今の段階では傍観しておいた方がいいだろうか?」  ルーカス様は地図上にある小さな領土を指さされる。 「そうですね……。ここは以前、小さな問題が生まれていたと両領土を行き交う商人から聞いたことがあります。なので今回は視察団を送られて、いざこざの原因を詳しく調べられた方がいいかと思います」 「そうか。それではそうしよう」  ルーカス様は騎士団長をお呼びになり指示をし、僕はいつでもルーカス様のお役に立てるようにと、戦さや戦略の書物を読む。 「そろそろ休憩をするか。エマ、お茶の用意を頼む」  騎士団長に指示をし終えたルーカス様が言うと、 「かしこまりました」  エマが頭を下げて部屋を出た。  書斎に僕とルーカス様が二人きりとなる。するとルーカス様はおもむろにソファーに座り、自分が座っている隣りの場所をポンポンと叩く。 「少しの間だけですからね」  僕が先ほどルーカス様がポンポンと叩いた場所に座ると、ルーカス様が僕の膝の上に頭を乗せる。 「疲れた……」 「ここのところ、働き詰めですからね」 「癒されたい」 「今、こうして僕が膝枕しているじゃないですか」 「頭を撫でてくれ」 「もう……こうですか?」  日の光があたり、金色の絹糸のような髪を撫でると、ルーカス様は目を閉じる。  ルーカス様は人前では決して弱みを見せず、気を張ったまま。僕と二人きりの時はありのままの自分でいたいのだそうだ。 「なぁレオ。あの答えは変わらぬか?」 「はい」 「即答だな。考える素振りでも見せろ」 「そんな素振りを見せても、ルーカス様には全てお見通しじゃないですか」 「確かにそうだな」  ルーカス様は僕の膝の上で仰向けに寝直し、僕の頬に手を伸ばす。 「俺の妃になれば、今よりもっと豪華な生活ができるぞ。それに俺ならレオを皇后にすることだってできる。大切にする。俺の全てを捧げる。だから俺の妃になってくれ」  ルーカス様が言う『あの答え』とは、ルーカス様からの求婚の答え。僕はルーカス様からの求婚をずっと断り続けている。  サイモンと宮殿に呼び出された時、ルーカス様は僕に『妃になれ』と強制されていたけれど、今は答えを僕に委ねてくださっている。 「番になっていなかったとはいえ、僕は一度結婚したことのあるオメガです。帝国の第二王子様という高貴なお方が、一度結婚したオメガを妃にするのは、おかしな話です」 「だがレオはずっとそばにいてくれると言ったではないか」 「それは参謀としてです。妃ではありません」 「俺はレオには妃としても、参謀としてもそばにいて欲しい」 「それはまたわがままですね」 「王族の特権だと思ってくれ」 「ずるい特権ですね」 「王族だからな……。なぁレオ、俺の妃になってくれ」  今日のルーカス様はやけに食い下がる。 「僕、まだサイモンのことを愛しています」 「!」 「サイモン以外を愛することもないでしょう。僕を妃にすれば愛のない生活になります。それでも僕を妃にしたいですか?」  ルーカス様は苦しげな表情をしてから、 「それでもレオがいい」  と答えた。 「レオの愛がサイモンに向いていたとしても、俺を見てくれていないとしても、俺はレオが隣りにいてほしい。お願いだレオ。うんと頷いてくれ」  あのいつも凛々しく気高いルーカス様が今にも泣きそうになっている。  でも僕は首を横にふる。 「ではこれが命令だとしても?命令に背けばカトラレル家とサイモンとオリバー家を潰すといってもか?」  どうしてルーカス様が、そこまで僕に固執するのかわからない。意地になっているのかもしれない。僕を脅してまで妃にしたい気持ちがわからない。  ただわかることは、今、ルーカス様の心はずっと泣いている。  ルーカス様は王族。妃が何人いてもかまわない。  もしルーカス様が心から愛する人と出逢った時、僕は妃の座から退きルーカス様とお妃様を支えよう。 「ルーカス様。どうしてそんな悲しいことを言われるんですか?自分で自分を苦しめるのですか?」 「俺はレオといられるなら、全て捨ててもいい」 「一つだけお願いがあります」 「なんだ」 「ルーカス様が心から愛する人と出逢われた時、僕を妃の座からおろしてください。それが僕からのお願いです」  ルーカス様は口角を下げ、唇を噛んだ後 「わかった。約束する……」  そう言い、僕の膝の上で静かに目を閉じられた。
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