奴隷と無力

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奴隷と無力

 街の入り口に差し掛かったところで、強制転移される。それはゲームと同じだ。  アブストの物語が動き出すことになるのだが、この世界について少し話すことにしよう。  弓、剣、盾、槍、そして魔法……。  かつて人々は国同士の争いの中で様々な武器を生み出し、やがては魔法という大規模な力を持って戦いを繰り広げた。  しかし、その矛先は魔獣という異種生物との縄張り争いへと発展した。各国は争いを休戦し、魔獣達を倒すために装備を整えて争いを激化させる。  人類が優勢な中で、災厄の魔獣という強大な力を持った存在が生まれてしまい、優勢だった人類の力は無力となってしまった。  災厄の魔獣達を鎮めるため、各国は勇者と呼ばれる存在を召喚することによって、強大な力に対抗しようとする。  結果、勇者は災厄の魔獣全てを封印することに成功したという歴史が残る。  そして、今――。  "ヴァンベル王国。アノルフ城、会談の間" 『隣国からの情報だが、眠れる魔獣の一角が目覚めたという情報が入った』    宝石が埋め込まれた王冠を被り、玉座に腰を据える国王は、それを見上げている何人かを前にしてそう言った。 『名は、北の山脈の奥深くに眠る魔獣グラオンス』  壁際に並んでいる兵士たちの姿勢が崩れ、ザワザワとした小声が広がる。 『父上、お言葉ですがまだ隣国がいくつかあります。我が国に直接被害が出るのはまだ先かと思われます』 『娘の言いたいことはわかる。しかし、隣国に被害が出てから判断するのでは、少なからず我が国に被害が及ぶことになる。そうなる前に早めに対処をしなければならない。隣国に被害が出る前に食い止められたのならば、我が国に手出しが出来ないことになるであろう?』  他の者達と違い、白く地面を擦るほどの綺麗なドレス姿の女性が王に対して意見を述べる。  しかし、王はそれに対して納得できる言葉を返して"娘"と呼ぶ女性に対して国王は命ずるのだった。 『我が娘よ。眠れる魔獣に対抗するため、"勇者"を召喚するのだ。王位継承権第一位のお前であればできるはずだ。力を示せ』  一瞬の躊躇いが表情として浮かんだが、王位継承権という言葉の前に彼女は首を縦に振るしかなかった。 『わかりました』  災厄の一角が目覚め、それに対抗すべく勇者を召喚する王国の物語が主体となる。 ――――――――――――――――――――――――  数日後――。 『王位継承権第一位としての力か……』  王城の地下に位置する空間にて、彼女は召喚の準備をしていた。  勇者召喚というのは、かつて魔獣との戦いを繰り広げていた国王直属の魔法師達が生み出した術式の一つである。  強大な力には、それを凌駕する力でしか対抗できないと考えた魔法師達は、5年の歳月をかけて強力な能力を持った存在"勇者"を召喚することに成功した。 『よし、あとは……』  ヒビ割れた石の床に書かれた赤い線の集まり。それはいわゆる魔法陣と呼ばれるもので、そこに王の一族だけが持ち得るS級に属する魔法をかけることにより起動する。  一般冒険者の中でも天才と呼ばれる強者が使えるのがA級魔法。だが、それより強力なS級を使えるのは王族のみで、王である証でもある。 『勇者召喚の秘術(ブレイヴィング・ヴィルトゥス)』  魔法陣を前にして、祈るように手を合わせて彼女が唱えると、彼女の足下を起点にして魔法陣に光が広がってゆく。  そして――。 『きゃっ!!』  光が魔法陣全体に広がった途端、魔法陣に電撃のような物が何度か駆け抜ける。その数秒後、魔法陣の上で閃光と共に衝撃波と視界を奪う煙が広がった。 『いっ……たっ』  爆発のような衝撃波に彼女は吹き飛ばされて、石の壁に打ち付けられてしまう。  あまりの衝撃と背中の痛みに彼女は立ち上がることはできずに、その場で悶える。 『まさか、こんな手に引っかかるとは……』  煙が広がる空間の中で、入り口から姿を表す一人の人物。 『あ……なた……まさか』 『はははっ。王位継承権第一位という座に浮かれて、気が緩んでいましたね、姉上』  姉上と呼ぶ人物は、彼女の弟であるクロード。  王位継承権第二位の立場である国王の息子である。 『なぜ……こんなことを……?』 『決まってるではないですか。あなたを排除するためですよ。王位継承権第一位のあなたがいる限り、俺が王になる日は遠い。いや、もしかしたら来ないかもしれない。そう、あなたがいるせいでっ!!』 『うっ……』  煙の中から姿を晒した弟は、痛みに苦んでいる姉の腹部を踏みつけて怒りをぶつける。 『やめ……、どうして……しまったの……』  思いも寄らない弟の変貌に彼女は理解ができなかった。 『無惨な姿だな。俺はずっとこの時を待っていたんだよ。貴方の魔力は国王も凌ぐ強さだ。勇者にだって引けをとらない。まともに戦っても勝てない。だからこうして失敗するように仕向けたのさ』 『ふ……ざ…けた……ことを、ぐっ……』 『許さない』という強い眼光を弟へとぶつける。失敗させられた悔しさ、そして踏みつけられている屈辱。  魔力を使おうとしても発動せず、咳とともに真っ赤な血が吐き出される。全身を焼かれたような感覚が彼女の全身を包む。 『はははっ。だが、あなたに何ができますか?失敗によって、姉上の力はほとんど失われているはずだ。そんな状態で俺に勝てると?』 『くっ………』 『お前がいなくなれば、あとは父上と母上を殺すだけだ。それなら容易いことだ。そして俺は王になる。世界を思う通りにしてやる』 『そんなこと……させない』  立ち上がろうとする彼女だが、腹部を踏みつけていた足で頬を蹴られて転がされる。  立て続けに弟は掌を姉へと向けて、魔力で作られた弾丸を彼女へとぶつける。 『がはっ……』  胸部へと着弾と吹き飛ばされて再び壁へと打ち付けられてしまう彼女。遂には意識を保つのもギリギリな状態になっていた。 『お前はもう不要だ。国家への反逆としてしまえば良い。勇者を召喚すると偽って、邪悪な魔物を召喚しようとしたってな』 『馬鹿……な……』  ボロボロな姉の髪の毛を鷲掴みにして顔を近づける弟。 『お前はこれから奴隷が似合う。地面を這いつくばって生きろ』  屈しない、動じないという姿勢だった姉の目には、いつしか涙が浮かんでいた。 『はははっ奴隷にそんな服はいらねぇな。そうだな……服を脱いで土下座して『あなたに尽くします』とでも言ったらどうだ?』 『誰が……』 『ふっ……つまんねぇな。まぁいい。おい、お前らこの女はもう国王の娘でもなんでもねぇ、奴隷として売ってこい』  入り口で待機していた兵士が二人、彼女へ手枷と首輪をつけて両脇を引っ張り上げて連れて行く。 『さてさて、次はこいつの始末だな』  弟は爆発があった魔法陣を見つめる。  失敗はしたが、そこにはプレイヤーに代わる俺がいる………のだが。    "待てっ!?話が違う……?"  痛みとかそういうのは感じるのだが、それより全く展開が違う。目が覚めてみて驚いた。弟がいるというのは聞いていない。  本来の展開は、勇者を召喚しようとしたが失敗した王位継承権第一位の姉とそれによって力を失ってしまった勇者が手を組んで、失敗した謎の解明と失われた力を取り戻す物語のはずだ。 『このざまだと、勇者としての能力はなくなっているはずだ』 「うっ……」  "なくなってるよ、力は、知ってる。でもお前が仕向けたとは聞いてない!!そして痛い!"  能力もないし痛すぎて、どっちにしても悶えるしかないため、とりあえず流れに身を任せる。 『気がついたか。残念ながらお前は勇者になれなかった。まぁ何のことだかわからんだろうがな』  知ってる知ってるが……、お前の仕業というのは知らない。そっちのほうがわからない。 『お前の持つはずだった能力は、眠れる魔獣にさらなる力を与え、目覚めされることになるだろう。せいぜい抗うんだな』  目覚める?一斉にだと?  待て……全然違う。俺が知っている世界では、時が経てば少しずつ魔獣が目覚めていくような流れだった。 『ある意味ネタバレか!?』とも思われたが、最終章として召喚が失敗した原因は明かされているはずだ。  だが、弟が悪と……。  それは全く違う展開だ。弟は物語上深く関わることはなかった。  そう思いつつ、全身を巡る痛みに耐えていると、 『おい、こいつも部外者だ。王城の外に捨てておけ』  弟は他の兵士にそう命じた。  保っていた俺の意識は失われる。  こうして、経験したストーリーのはずが、改変されたまだ見ぬ物語が動き出してしまったのであった。  "第一章 冒険の始まり"
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