18.狭んだ直視

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18.狭んだ直視

 日が暮れた道は危険性が高い。手っ取り早くシェルターまで帰る。シェルターにつけば、疲れにため息を吐きながら腰を下ろした。しかし今回の疲労感は決して悪いものではなかった。プテリスの表情が雄弁に語っているためか、アスターは心配もせずに夕食の準備に向かう。  プテリスは一息ついてから、今日撮った写真をアルバムにまとめ始める。このご時世だ。新しい冊子は手に入らないため、妥協として民家にあった白紙のノートに貼り付けるようなことをしていた。本当は一枚一枚、丁寧に梱包するように仕舞いたいのだが。仕方ないと肩をすくめながら写真を貼っていく。景色の写真を見て数時間前の事を思い出して笑うなどしていた。  いくらか過ぎたところで、自分では撮っていない写真が出てくる。アスターが撮ったものだ。以前から撮ってみないかと問うてみたり、ちょっとやってみてくれと言っていた事はある。だが今回は提案こそプテリスがしたものの、まっすぐ頷いて撮影したのはアスター本人だった。もしかしたらその方が効率的、機嫌を損ねないと処理した可能性もあったが、写真を見れば杞憂であったと強く思う。    写真は絵画ほど感情が現れるものではない。機械を通しているため、どうやっても普遍的というべきか、人に与える印象は大概似通ってしまう気質がある。けれど目が肥えたり、人となりを見た上であれば、少なからず温度や感情が伝わるものだ。プテリスの写真が今の一瞬さえも忘れないために枠の中に収めて、状況を知っている人の記憶を鮮明に呼び覚ますものになったように。  そしてアスターの写真はまだどこか堅苦しいが、冷たさはない。無関心では無いし、内側から温かみを帯びていき変化していくような、柔らかなクッキーを食んだような可愛らしい作品となっていた。アンドロイド故に変な手振れ等は無いが、だとすると機械故に無感情で「ああ、こういう景色があるんだね」で終わるような、面白みのないものとなってしまう。  けれどプテリスは、この写真が彼が進んでいこうと、変化していこうとしていく過程のように見えた。無感情なんかではない。義務的なものではない。撮ろうという行動を選んだ結果である。だとしたら、今回の経験はとてもいい事だったのだろうと、プテリスは薄く微笑んだ。彼はプテリスのように撮れないと言っていたが、今の彼だからできた立派な作品だと、本人よりも満足げに頷いて見つめている。新しいページに貼り付けて、アスターの写真とメモを付記した。今日はやっぱりいい疲労感を得られたと満足感に浸っていた。  次に現れた写真に、一瞬目を丸くする。見慣れない人間の顔があって、いくらかして自分であると気付いたからだ。シェルターに鏡は一枚程度にはあるが、細かに見るわけではない。  こんなに老けていたのかだとか、まだ笑えていたんだななんて思う事もあった。しかしそれ以上にプテリスを悩ませたのは、深く見るほどに感じる温度である。ブレることなく、真ん中にプテリスを映し出しているだけ。しかし『だけ』で済まされるわけにはいかない気がして、思考を巡らせた。  例えば恋人とか、動物とか、愛おしくて大切な相手の姿を写真に収めて残したい。そんな時、人はすぐさま写真を撮る。どれだけブレていようが周りの明るさで見づらいことがあろうが、撮影者の根底にある強い感情や熱意というものは写真から伝わってくるものだ。見ている側も、大好きなんだな、と微笑ましく思うような写真というのは探せばいくらでも出てくるだろう。  これは、それらと同じような気質があるように見えた。流石に自惚れではないかと考えたが、先ほどのアスターの作品と見比べるほどに愕然とする。どちらもぱっと見は綺麗だし、プテリスが映っている方は言ってしまえばただのおっさんの写真でしかない。普通は景色の方がいいだろう。けれどピントが一つに向いていて、気づいて目を奪われて、考えるほどに思い入れが強いのだと思わせるのはプテリスが写った写真だった。アスターが真っ直ぐにプテリスを見ている。毎日顔を合わせて一日中一緒にいるような相手なのに、飽きることなくじっと見つめている。この写真はまだ成長の余地がある余白が多すぎるが、しかし内側にある優しい暖かさのような、柔らかさのようなものが現れていると、プテリスには見えた。  一つため息をついて天井を見やる。決して広すぎる事のないシェルターの埃が今すぐにでも湧いてきそうな閉塞感の中で育つアンドロイドの少年はどうなっていくのかと考えていく。彼がプテリスを大切に思うのは『ご主人様だから』というには、そろそろ看過できないだろう。  何より、プテリスを撮影した後のアスターの表情が忘れられない。少年のなりをしているため大きな目をしているが、その大きな目はとても自然に細められ黒めに楽し気な光が差し込んでいた。いたずらっ子のように純真に一つを見て、上手くいったかもと喜び笑う。ただの微笑なんかじゃなかった。作り物なんかじゃない自然でプテリスだって見たことがないような程笑顔で。アンドロイドで口数も多くないためか、あまり大きく口を開けることは無いのだから、笑顔だって口先を結うような形になりがちだったのに。彼はあの時、とても人間らしく笑っていた。もしかしたらプテリスよりもずっと血の通った表情をして、心の熱が強くこもった表情を浮かべていた。  前後関係とこの写真を見れば、考えなければならない。無視はできないだろう。アスターとどういう関係性でいるのが良いのか。そして自分が望む形は何であるのか。ぼんやりとした死と背中合わせの日常で、感情と今後を定めなければならなかった。
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