親と子の茶飲み話

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親と子の茶飲み話

ある日の昼下がり。ここは街の中の喫茶店。 買い物帰りの母と息子が向かい合ってお茶を飲んでいた。 息子「あんな、昔に住んでた家のことで話あるんやけど」 息子はおもむろに話を切り出した。 オカン「何、どうしたん?」 母はいきなり話しかけられて、すこし驚いた様子で返事をした。 息子「いや、こんなこと言うたら申し訳ないねんけどな。僕な、あの家な、あんまり環境が良くなかったと思うねん。車の音がうるさくて勉強もやりにくかったし」 母も昔、あの家のことはあまり良くなかったみたいな話をしていた記憶が息子には在った。息子は同意をもらえるだろうと安心していた。ところが…… オカン「何言うてんの!」 息子「……え!?」 オカン「あの家はあんたの為に引っ越ししたんやで。良くなかったなんて、ないよ」 息子「そやけどオカンかて、あの家は家相が悪かったって言うてたやん」 オカン「そんなん言うてないよ」 息子は思った。意味がわからん。けれどこのまま会話が終了したら、もっと意味がわからん。 息子「あのさぁ……。昔と今とで考えが変わったんなら、そう言ってよ。それに、なんで意見が変わったんか教えてくれてもええんちゃう? なんで、さも昔からそういう考えでした。ずっと変わってません、みたいな言い方するん?」 オカン「私は考えが変わったなんてことはない。ずっとこういう意見や!」 母は断言した。そしてお茶を一口啜った。 息子は思った。わざと?まさか。おそらくだけど母は自身の考えが過去と現在とで真逆に変化していることに全く気がついていない、まるで1つの信念を貫いていると信じているように見える。 そしてさらに思った。よく考えてみたら、そういう過去についての反省を否定する心理的傾向は母だけの話ではなかった。現代の世において、大きな流れに逆らわず過去をどんどん切り捨てていくこと。それは市民に求められたライフスタイルとなっていた。 それにしても。人間の記憶って何なんやろ。もし人間が過去を省みることを放棄して現在だけしか存在しなくなったら……。はたしてそんな「過去の存在しない社会」に未来は訪れるんやろか。息子は一瞬身震いした。 このまま会話を終了させるんは何か間違ってるような気がする。僕は母に過去と現在の矛盾を問うべきなんやと思う。でもなんでかわからんけど内臓の辺りがしんどくなってきた。いったい僕はどのような言葉を語るべきなんか……。 息子「……ああ、そう。わかったわ」 息子は観念したように言った。 そして母はそんな息子を嗜めるように諭すように、心からの愛情を込めて、こう呟いた。 オカン「人間いうもんは考えをしっかり持たなあかんで」 息子「…………(ぎゃふん)」 喫茶店の外では、今日も当たり前のように人々が行き交い、街は忙しなく動いていた。 〜完〜
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