ラッキーアイテムは黒猫

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ラッキーアイテムは黒猫

 念のために言っておこう。  決して、恋愛マスター決定戦とかで遊んでいたわけではない。  あれも、潜入捜査の一環だ。潜入できなかったのだけど……  あれから私たちが話し合った結果、正攻法でアジトに潜入するのは難しいという結論にいたった。だから、アジトにこっそり潜入して証拠を押さえることにした。  さて、夜まで時間があるからロベールとお土産を買いにきた私。  せっかくの修学旅行なのに、捜査のせいで二人きりになる時間がほとんどなかった。いい思い出を作らなければ。 「ロベール、トミーとエミリのお土産買った?」 「まだだよ」 「何がいいかな?」 「うーん、やっぱり食べ物かなー」 「あっこれ、よくない?」  私はマンデル共和国の女神像を指差す。私に似ていると噂の女神マリアの像だ。 「デイジーにそっくりな女神像だね」 「そうよ。私の代わりだと思って、家に飾っておけばいいじゃないの」 「デイジーを家に祀るのはどうなんだろう」 「女神様は私に似てるけど、私じゃないよ」 「それなら本物の像の方がいいな」  ――本物(私)の像がいい  ということは、  ――女神よりも私の方がいい……  ということは、  美しい女神よりも、私の方が美しい。  私の美しさは女神を抜いた……かな?  とはいうものの、女神像に興味がある私。女神像をじっくり見ていたら、腕に何かを抱いているのに気付いた。何かは分からないのだが、ぼろ布のようにも見える。 「ねえ、ロベール。女神像は何を持ってるのかな?」 「なんだろうね? 布かな? 雑巾のような気もする」 「女神は雑巾を持たないでしょ。それに、もうちょっと大きいわよ。こんもりしている、というか……」 「あー、分かった!」 「なに?」 「動物じゃない?」 「動物……猫とか?」 「そんな感じだと思う」  折角なので私は記念に女神像を1つ購入した。  ロマンス工場のリーダーを尾行しているエレーヌたちには申し訳ないのだが、その日、私とロベールは修学旅行の自由行動を満喫した。  ***  夜になった。  私たちは詐欺集団のアジトに潜入する予定だ。詐欺の手紙や内部文書を証拠として押さえるためだ。  ロマンス工場を周辺から調べたところ、中には詐欺集団に雇われたマフィアが見張りをしている。見つかると面倒だから見張を避けて潜入しないといけない。  私とロベールは見張りがいないアジトの裏手にやってきた。エレーヌはロマンス工場のリーダーを尾行中。ミシェルは運動神経がよくないから潜入には不向きだ。アジト付近で現地警察と一緒に待機している。  私とロベールは潜入用の衣装に身を包んでいる。黒いスーツだ。 「スパイっぽくてカッコいい」とエレーヌが選んできたのだが、体形が強調されるのが気になる。私は念のためにパットを2枚装着した。 「ねえ、デイジー」とロベールが言う。 「どうしたの?」 「今回は……この前みたいに無茶したらダメだよ」 「ありがとう。無茶しないわよ。もし敵がいてもロベールが守ってくれるんでしょ?」 「そう……だね。僕が敵を何とかするから、デイジーは何もしなくていいんだよ」  ロベールは私のことを心配しているのだ。私が危ない目に遭わないように、気遣ってくれている。私は愛されているのだ。 「私を気遣って……ああ、ロベール」 「そっちじゃなくて……」 「そっちじゃなくて?」 「デイジーが攻撃すると……ちょっとアレだから……さ」  私の心配ではないらしい。ちょっとガッカリだ。  私がアジトの中に入る場所を探していたら、裏口に黒猫が座っていた。  そういえば、今月のラッキーアイテムは黒猫だったような気が……  私は黒猫に近づいていった。黒猫は逃げようともせずに「ニャー」と呑気に鳴いている。 「お腹が空いてるのかニャー?」と私が話しかけたら、黒猫は首を縦に振るような仕種を見せた。  お腹が空いているとアピールしてくるなんて、なかなか賢い猫だ。でも、私はアジトに潜入する途中だから食べ物を持っていない。 「ごめんね。いま食べ物を持ってないの」  黒猫は「ちっ」と言いながら、ぷいと横を向いた。 「あれ、この黒猫、デイジーの言ったことを理解してない?」とロベールがやってきた。 「私の言葉が分かるのかニャー?」  黒猫は首を横に振った。  ――これって……絶対に分かってるよね?  私は黒猫に話しかける。 「このアジトに詐欺の手紙や内部文書があるんだ。それを証拠として入手しないといけないニャー。手伝ってくれたら、好きな食べ物をあげるニャー」  黒猫は考える素振りをしている。しばらくしたら、黒猫は闇の中に消えて、すぐに戻ってきた。紙とペンを咥えている。  黒猫は私の前に紙とペンを差し出した。黒猫は前足を紙に載せて「ニャー」と鳴く。 「ひょっとしたら……」 「どうしたの?」 「この猫は『手伝ったら食べ物をあげる』と紙に書いてほしいんじゃない?」とロベールは言う。 「書けばいいのかニャー?」と私は黒猫に尋ねる。  黒猫は首を縦に振って「ニャー」と鳴いた。  ――私のこと、信用してない?  口約束だと私が本当に食べ物をくれるか分からない。だから、「書面に残せ」と猫は促している。  かなり屈辱的だが私は紙に書いた。  『詐欺集団の犯行を示す証拠書類を探してくれたら、好きな食べ物を与える』  猫は書面を見てから前足を上げた。  足の指を器用に使って、「1」「2」のような仕種をしている。  好きな食べ物を何回貰えるかを確認したいようだ。  ――絶対に確信犯だよね……  私の話す言葉を理解しているし、文字も理解している。  ひょっとしたら、喋れるんじゃないのか?  私は紙に「1回」と書き足した。  黒猫は首を横に振る。1回では不満なようだ。  私は「2回」に書き換えた。  黒猫はまた首を横に振る。2回でも不満なようだ。  何度も書き換えるのは面倒だから「3回?」と黒猫に尋ねる。黒猫は首を縦に振らない。  ――この黒猫……足元を見てやがるな  私は「10回?」と言ったら、黒猫はようやく「ニャー」と言いながら首を縦に振った。  ロベールは苦笑いしている。  私と黒猫の交渉は成立した。私は紙に「10回」と書いた。 「じゃあ、案内しなさい」と私が言うと、黒猫は裏口近くの窓を器用に開けて中に入っていった。 「ロベール、行くわよ!」 「うん」  私とロベールは黒猫についていく。  こうして、私たちのアジト潜入作戦がスタートした。
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