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1. 夜
「わあーーっ! 許して、許してくれ」
真夜中、男は大声で叫び布団から飛び起きた。恐怖でふるえていた。
薄い壁で隔てた隣の部屋に住む老人だろう。ドンドンと壁を叩いて抗議の音がする。
(もう勘弁してくれ……)
布団の中に潜り込むと、がたがたふるえながらそう祈り続けた。
一緒の布団に寝ていた女が、裸の身体を起こし怒り狂う。
「もういい加減にしてよ! あんたとはやっていけないわ」
飲み屋で知り合った水商売の女だ。
「さよなら。もう店には来ないで」
急いで服を身に着けた女は冷たく言い放つと、部屋を出て行った。
朝の光が差し込む時刻になり、男は布団の中から顔を出す。
(もう、だ、丈夫だろう)
よろよろ起き上がると、男は流しへ行って冷水で顔を洗う。三十になったばかりだが、顔はげっそりこけていた。
古い木造アパートの八畳一間。風呂とトイレは一応付いているが、隙間風が冬には堪えた。
(こんなのが続いたら死んじまう。いっそ……)
男はある決心をした。
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