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◇◆◇
日曜日は外出しなかった。
月曜日の朝、いつもどおり出勤。
羽海には会えなかった。
火曜日の朝、マンションを出ると、アパートからちょうど羽海が出てきた。
「誉…おはよう」
「おはよう、羽海」
ちょっと眠そうな目の羽海と駅まで一緒に歩く。
「夜更かしした? 眠そう」
「ううん。朝が弱いだけ」
ぼんやりした声。
朝が弱いのか…弱点というより可愛く見える。
不思議だ。
イケメンはなんでもプラスになるらしい。
これが俺だったら全部マイナスポイントになるだろう。
「どうしたの? 誉、なんか難しい顔してる」
「いや…イケメンは得だなと思って」
「?」
なにを言ってるんだろうという顔で俺を見る羽海。
自分がかっこいい自覚がないのだろうか……まさかな。
さすがにこの見た目でその自覚なしはまずい。
「誉は朝平気?」
「朝は大丈夫だけど、寝つきが悪い」
「それも辛そう」
昔から寝つきが悪くて、なかなか眠れない。
眠剤を処方してもらったこともあるけれど、俺には合わなかった。
そう言うと。
「じゃあ今度、誉を抱き枕にしに行こうかな」
「逆じゃないのか」
「俺を抱き枕にしても楽しくないよ」
「俺だってそうだ」
「そう? 気持ちよさそうだよ。人の温もりって落ち着くじゃん」
なるほど、俺だからじゃなくて“人”だからか。
確かに人の温もりは落ち着く、かな。
って、誰かと寝たことなんて小さい頃以来ないんだけど。
「…羽海は人の温もりに慣れてそうだな」
「えっ!? どういう意味?」
「そのままの意味」
納得いかないって顔をして俺を見る羽海がちょっとおかしくて笑ってしまうと、羽海も笑う。
“海”というより青空のような笑顔が優しくて眩しい。
「大学はどこ?」
「H大」
俺の勤務先の会社がある駅の隣の駅にある大学だ。
「じゃあ途中まで一緒か」
「誰かと一緒って楽しいね」
本当に楽しそうな羽海と電車に乗り込む。
この路線はぎゅうぎゅう詰めになるほどの満員電車にはならないから助かる。
それでも羽海との距離は近くて、ふわっと香るムスクのにおいにどきっとしてしまう。
なんで男性相手に“どきっ”なんだ。
「香水、いい香りだな」
「え、つけてないよ」
「でもムスクっぽい香りがする」
「あー、それ柔軟剤だ」
羽海も自分のシャツのにおいを嗅ぐ。
柔軟剤か。
こんなにいい香りのものもあるんだな。
あまりこだわったことがないけれど、これからはしっかり選んでみようか。
「誉もいいにおいするよ。優しい香り」
「俺も柔軟剤だな」
「いいにおい…なんていうの使ってるの?」
「……わからない」
いつも決まったものを使っているわけじゃないので、帰らないとわからない。
そう答えると、羽海がスマホを出す。
「帰ったらメッセージで教えて」
「今のムスクが合ってると思うけど?」
「誉の使ってるののほうが好き」
俺もスマホを出して連絡先を交換する。
大学生の羽海と社会人の俺じゃ、繋がりなんてないようで不思議な繋がりがある。
新しく登録された連絡先をじっと見てしまう。
「どうしたの?」
「…なんだか不思議だな。土曜日に出勤していなければ、羽海とはすぐ近くに住んでいてもこんな風に連絡先を交換するなんてなかっただろうなと思うと…変な感じだ」
「そうだね。神様が繋いでくれたんだよ」
「ふ…」
すごくロマンチックで思わず笑ってしまうと、羽海がきょとんとする。
「なに?」
「可愛いな、と思って」
「馬鹿にしてる?」
「してない」
ちょっとむっとする羽海に、誤解だと言うと羽海がふにゃっと笑む。
「よかった。誉に子ども扱いされたらショックだから」
「子ども扱いもしてない」
「じゃあ男として見てくれてる?」
「?」
男として?
よくわからずに羽海の顔を見ると、羽海はまた微笑む。
「意味わかんなくていいよ。今は」
「??」
本当によくわからなくて疑問符で頭の中がいっぱいになる。
「ほら、着いたよ。お仕事頑張ってね」
「ありがとう」
あっという間に会社の最寄り駅に着いてしまった。
もう少し話していたかったな、と思いながら俺だけ電車を降りる。
不思議だ。
心が温かい。
「小長谷!」
振り返ると、同じチームの藤井が駆け寄ってくる。
俺に追いつくと軽く息を整えてから頭を下げる。
「土曜日は先に帰らせてもらってごめん!」
「いいよ。奥さん、大丈夫だったか」
土曜日、同じく休日出勤だった藤井は結婚記念日だというので先に帰らせた。
その結果、俺の帰りが遅くなり、羽海と出会った。
本当に不思議な縁だ。
「それが、妻は忘れてた…」
「え…」
「花を買って帰ったら、『なにかやましいことでもあるの?』って……ひどいと思わないか!?」
なるほど、藤井は普段はそういうことをしないから疑われたのか。
しかし記念日を忘れられていたのも辛いな。
まだ結婚して二年くらいじゃなかったか。
「そういうこともあると心に刻んでおく」
「俺を嫌な前例にしないで…」
俺にもたれかかってくる藤井をよしよしと口だけで慰める。
羽海は記念日とか大切にしそうだな、と思ったら口元が緩んでしまった。
羽海は笑顔を運んでくる。
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