初恋の人

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先輩との食事の約束の日、待ち合わせ場所で先輩を待つ。約束の時間よりかなり早く着いてしまった。約束は午後六時なのに、まだ四時半すぎ。張り切りすぎだ、と恥ずかしくなる。 「好きな人か……」 考えただけで頬が熱くなる。初恋は先輩だけど、その後も人並みに恋はしてきたと思う。恋人ができたことはなくても、人を好きな感覚は知っている。それなのに今まで感じてきた“好き”とは全然違う。丸と三角が別の形なくらいに違う。 初恋がまた恋になって、それが実るなんて思わないけれど、先輩を好きでいられるというだけで幸せに感じる。想いを伝えるつもりはない。この恋も初恋と同じように片想いで終わらせるつもりだ。心を温かくしてくれるこの想いを、大切に育てたい。 時計を見るともうすぐ五時。 好きな人を待つのはこういう感じか、と思う。好きな人はいたことがあっても好きな人と待ち合わせをした経験がない。わくわくして、早く会いたくてそわそわするのに、会うのはどきどきする。早く来て欲しいけど、ゆっくり来て欲しい。このどきどきをずっと味わっていたい。 落ち着かない気持ちで先輩を待つけれど、約束の時間になっても先輩が来ない。おかしいな、とスマホを確認しても連絡はない。遅れるときになんの連絡もしない人じゃないと思うのに、どうしたんだろう。 三十分経っても先輩は来ない。電車が止まっているんだろうか、と電車の運行状況を調べてみても、特にそういったことはない。先輩からの連絡もない。本当にどうしたんだろう。 なにかあったんだろうか……。事故や急病の可能性が頭に浮かんで、どきどきが嫌なものに変わる。とりあえずこのまま待とう、と待つことにする。 一時間経っても先輩は現れない。連絡をしていいのかわからず、スマホを出してはしまい、また出してはしまうを繰り返す。なにかあったんじゃなければいいけれど、と不安になりながら先輩を待つ。 二時間経っても来ないので、勇気を出して『大丈夫ですか?』とメッセージを送るけれど、いつまで経っても既読にならない。本当になにかあったのかも、と不安がどんどん大きくなっていく。お願いだから何事もありませんように、と祈りながら先輩を待ち続ける。 足がじんじんしてきた。カフェかどこかに入って待とうかと思うけれど、その間に先輩が来てすれ違ってしまったら嫌なので同じ場所――先輩との約束の場所で待つことにする。時計を見ると、九時半を過ぎていた。 十時になるな、と時間を確認したとき、近くに停まったタクシーから先輩が慌てた様子で降りてきた。先輩は俺を見つけて目を見開き、そのまままっすぐこちらに駆け寄ってくる。ほっとするより早く抱きしめられた。なにが起こったかわからず、固まってしまう。 「……だ、大丈夫ですか?」 とりあえずそれだけ聞けたけれど、状況がわからなくて、大丈夫じゃないのは俺のほうかもしれない。 「ごめん、店でトラブルがあって急遽対応しないといけなくなって……」 「そう、だったんですか……」 なんにしても無事でよかった。でも俺の心臓は無事で済まなそうなくらいどきどきしている。 「昨日スマホの充電忘れてて、森田に連絡しようとしたら電源入らなくて連絡できなかった……本当にごめん」 それで急いで来てくれたんだ、と思ったら胸がいっぱいになった。 「来てくれてありがとうございます」 思ったことをそのまま伝える。トラブルがあったなら疲れているだろうにタクシーを使ってまで俺との約束を守ってくれたことが嬉しかった。 「待っててくれてありがとう、森田」 「……好きです」 優しくて柔らかい声に、するりと告白の言葉がでてしまった。先輩が俺の顔を見るので、恥ずかしさに少し視線をずらして、それからまた先輩をまっすぐ見る。 「中学の頃、先輩が好きでした。再会して、また好きになりました」 腕に力をこめて先輩の胸を手で押し、身体を離して逃げようとしたけれど先輩に捕まってしまった。きつく抱きしめられて、心臓が激しく暴れる。 「……夢かな」 先輩の呟きがすぐそばで聞こえて、それだけ距離が近いことがわかり頬がどんどん熱くなる。先輩が少し身体を離し、俺の手を取る。 「森田、ちょっと俺のことつねってみて」 「そ、そんなことできません……!」 先輩をつねるなんて……、と慌てる俺を見て、先輩は思案するような様子を見せた後、真剣な表情をする。 「じゃあ、夢じゃない証拠にうちに来て?」 「え……」 このまま心臓がおかしくなってしまうかもしれない。
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