急患

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 翌日、男は熱がすっかり下がり震えも治まっていた。だが、昨晩のことはほとんど覚えていない。僕は予定通り男の尿、便、血液を採取、細菌検査を行った。しかし、異常は発見されなかった。僕は念のため電子顕微鏡で男の唾液(だえき)の検査を実施した。すると妙なウイルスが発見された。2019年に発見されたものと似ているが新型だった。ところが、次の日の検査ではその妙なウイルスは完全に消えていた。  その冬、日本のあちこちで60歳以上の男性が39度の熱を出し、男性の若者の背中に張り付き、ポケットの中を(まさぐ)る事例が頻発した。やっかいな事にこの病は発症後24時間以内に若者の男性に貼りつきポケットの中を弄らないと、その老人は急速に衰弱、確実に死を迎えていた。当然、世の中は当初大混乱に陥ったが30代までの若い男性が老人の貼り付きとポケットの中の弄りを許容すれば、老人は2日後には確実に回復した。つまり、老人が若者に張り付きポケットの中を弄ることが体内に抗体(ワクチン)を発生させていたのだった。   だが、不思議だったのは老人が若者の背中に貼り付くだけでは効果なく、ポケットの中を弄ることが必須であったことだ。  但し、醒井三郎のように必ずしも「さぶいよ~。さぶいよ~」と症状を煽る必要はない。あの醒井三郎のケースは、むしろ僕からある種の活力“エナジー=ワクチン”を最大限に引き出す三郎固有の戦術だったように思う。  その年、政府はこのウイルスをPocket39と命名した。  それ以降、政府は毎年12月になると60歳以上の男性に対して20~39歳の男性の背中に張り付きポケットの中を(まさぐ)ることを推奨している。
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