急患

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 2020年代以降異常気象が激しさを増した地球は2030年代に入って、温暖化がさらに進み世界各地で奇妙なウイルスが蔓延しやすい環境になっていた。  2039年の冬、29歳になっていた僕は大学病院のインターンをしていた。その日は夜間の勤務であった。  あの晩、60代の小柄な男性が妻に伴われて夜中に急患でやってきた。男は昼過ぎから熱が39度続き、身体の芯から寒気がして震えが止まらないと訴えた。一見して顔色は悪く眼はどんより、焦点が定まらない。確かに手足が小刻みに震えていた。  男の名は醒井三郎。  僕は男をAI診断装置に導き診察を開始した。この時代、大学病院のような先端の医療施設には、人間を頭から足までスキャンすれば病気をAIで推定できる診断装置が導入されていた。空港で搭乗前の手荷物検査時に体験する全身スキャンの装置のようなものだ。  AI診断装置の判定結果は“分析不能”だった。  装置のモニターが表示する血圧、脈拍、心電図、脳波、肺の画像など一般的なデータはどこにも異常は見当たらない。触診をして喉を見ても何ともない。咳も出ていない。症状は寒気、震え、そして熱が39度あることだった。僕はインフルエンザの一種かと仮説を立てた。  男は口を開くのさえ辛そうで、ふらふらしてまともに歩くことも困難だった。その晩は妻には帰宅してもらい、男にはとりあえず点滴を施し入院させた。翌日、尿や便、血液などを採取して細菌検査を行うつもりであった。
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