8人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
今から3年前の雪の降る朝。
当時OLだった私は、偶然モーニングを食べに立ち寄った隣のビルにあるカフェで、初老の女性を助けたことがある。
彼女は、スーツを着た壮年の男性に絡まれ、強い力で肩を押された挙げ句、床に倒れ込んでいたのだ。
流石に見過ごす事は出来ず、手を差し伸べると女性を助け起こす私。
店員曰く、
「女性客の方が男性客より後に来たのだが、女性が注文した品が早く出来上がった為、そちらを先に出したら男性がキレた。男性には、順番が前後する可能性がある事は伝えていたのだが……」
と、いうことらしい。
(うっわぁ、ばかだなぁ……)
正直に言って、呆れる位に浅はかな行動だ。
男性の身なりから察するに、どこぞの企業に勤務しているサラリーマンなのだろうが――果たして、その姿を同僚や上司に目撃されたら、どう言い訳をするのか。
出張等で来ているのならまだしも、会社が近くにあり、出勤前のティータイムを楽しんでいたのなら……同じ会社に勤務している人間にこの蛮行がバレる可能性は多いにある訳だ。
(まぁ、そんな事私が知った事じゃないけどさ)
怒れる男性客は店員に任せ、女性の手当てを優先する私。
幸い、女性は軽い擦り傷だけで済んだようだ。
始業時間が近いこともあった私は、女性や店員と軽く言葉を交わした後、カフェを去る。
それから3日後の昼。
その日は、先日と同じ様に……都心では朝から雪が降り積り、路面にはうっすらと純白の雪化粧が施されていた。
手近な場所でランチを済ませるべく、再度、隣のビルにあるそのカフェを訪れた私。
その際、先日助けた女性と偶然再会する。
まるで待ち構えていたかの様に、どうしてもあの時のお礼がしたいとやや大きめの包みを差し出してくる女性。
(……私が今日此処に来たのは偶然なのに。何でこの人は、私へのプレゼントを用意していたの?)
そう不審に思った私は、最初、その申し出を丁重にお断りする。
しかし、何度も「お礼がしたい」と懇願して来る女性の勢いに気圧され、とうとうそれを受け取ってしまった私。
そうして、帰宅後、早速包みを開けてみたのだが。
中に入っていたのは、大きな兎のぬいぐるみだった。
パッと見て30センチ以上はあるだろうか。
可愛らしいピンク色をしたそれは、かなり上質な生地で作られているのか、触れると柔らかく……とても良い手触りをしていた。
ただ、やはりでかい。
置き場所に困った私は、取り敢えず、リビングのソファに座らせておくことにする。
(一人暮らしの私には、丁度良い同居人なのかもね)
そんな事を考えながら、兎の頭を撫でる私。
だが、その夜から……私の身の回りで何やらおかしな事が起き始める。
先ず、一人でいるのにも関わらず――どの部屋にいて、何をしていても、家にいると必ず何者かの視線を感じるのだ。
しかも、時折女性の――何かを念じ、唱えているかの様な声らしきものまで聞こえてくる。
それは、深夜でも変わらず起きる様になっていて――。
結果、数日後には完全に寝不足になってしまった私。
そんな日々が1ヶ月近く続いたある日のこと。
寝不足でふらついた私は、思わずソファに置いていた例のぬいぐるみにぶつかってしまい、その拍子にぬいぐるみを床に落としてしまう。
すると、その時……貰った時には分からなかったが、ぬいぐるみのお尻の部分に、明らかに制作時についたのではないであろう――かなり粗い切り込みと縫い目らしき物があるのに気が付いた。
(そう言えば、我が家で変なことが起きるようになったのは、このぬいぐるみが来てからだ)
直感でそう感じた私は、意を決して鋏を掴むと、ぬいぐるみにある縫い目と切れ込みを全て解き、開けてみた。
と、中には――なんと、大量のあの女性の写真が入っていたのだ。
折り畳まれた大きな物から、証明写真サイズの小さな物まで。
ありとあらゆるサイズの女性の写真が100枚以上、ぬいぐるみの中に詰め込まれていたのである。
しかも、より恐ろしいことに――全ての写真の裏面には、恐らく女性の直筆で、びっしりと隙間なく『ある言葉』が書き込まれていたのだ。
血の様に赤いインクで書かれていた言葉。
それは――。
『死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ死んだ孫の代わりになれ』
即、ぬいぐるみもろとも全ての写真を、近所の寺に供養に出す私。
以降、私は、あのカフェには絶対に近寄らないようにしている。
最初のコメントを投稿しよう!