ポケットの中に宇宙

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 世界と世界には狭間が存在する。  宇宙とは少し違う。重力はなく、函舟の中にある手すりに磁石で腕輪をくっつけなければ、函舟内をずっと飛び続けないといけない。  ユウは今日も手すりを使って移動しながら、「ふんふん」と歌っていた。 「次の世界は?」 「今行ったら世界の崩壊に巻き込まれるから、終わるのを待っているところ」 「そっか」  物騒な話である。  しかし仕方がない。  彼らは平行世界を転々と移動し、滅亡した世界の情報を収集して本部に持ち帰る仕事をしている。観測班とはよく言ったもので、世界滅亡後でなければ平行世界に介入することはできない。  どうしてこの世界が滅んだのか。この世界は滅亡に抗ったのか受け入れてしまったのか、その滅亡は避けることができなかったのか。  滅亡世界を七日間歩き回って調査し、文明の一部を持ち帰って報告書を提出する。  それが残った世界がよりよく回るようになるためのシステムづくりに使われると信じて、今日の滅亡世界の情報を収集しているのだ。  ユウもまた、観測班の一員として、滅亡世界に介入していた。  彼女が行っているのは、滅亡原因の特定は他のメンバーに任せて、もっぱらその文明の文化収拾を行っていた。  石碑や聖書の一部を持ち帰っては、その世界は信仰により統一されていたことを学び。  どの国にも存在している特定の動物の像を持ち帰っては、その世界で重要視されていた動物について思いを馳せる。  でもそんな文化を残せるのはごくごく一部で、残りはいったいなんの意味があったのかがわからないものばかりを収拾してくる。  ひたすら色の付いた石の粉ばかり持ってきたり、焦げた紙の破片を拾ってきたり。 「よっす。また変なもん拾うのか、ユウ」 「ラク」  自室から出てきたラクに声をかけられ、ユウはむくれた。 「変じゃないよ。滅んだ世界はもう文明が発展しない。生き物がいないから。だから誰かが拾ってあげないと、その世界にいた人たちがどんな人たちだったのか忘れちゃうじゃない」 「でも砂とか紙とかってなあ……紙なんてよく残ってたな。燃えたら全部灰になりそうなのにさ」 「灰にしたくないから守った人たちがいたんだよ、きっと」  ふたりでそうこうしゃべっている内に「それじゃあ、そろそろ席に着いてシートベルト付けて。世界崩壊フェイズ終了。世界に介入します」とアナウンスされる。  ふたりは函船の席に座ると、函船に積んでいる生体コンピューターが情報を吐き出すのを待っていた。 「空気チェック、問題なし。病原菌チェック、観測班該当病原菌該当なし。生体反応チェック、全生体反応沈黙。世界終焉フェイズに入りました」 「了解。それじゃあ、ヘルメット被って探索に行こうか」 「うん」  ふたりは全身を覆う服を着てヘルメットを被ると、酸素ボンベのチェックを確認してから、いよいよ到着した世界へと入っていった。 「それじゃあ最初の一日はふたりで行動。夜になったら函船に帰って、残り六日間別行動な」 「うん」 「じゃあこの世界の滅亡原因究明に行きますか」  世界の滅亡を何度も何度も見ていたら、観測班の中でも現場保存係の人々はだいたい病んでしまい、早くて一度の任務で、長くても二年ほどで辞めてしまうが。  孤児だったらユウとラクはこの仕事に就いてから三年。一度も辞めると言い出したことはなかった。ユウもラクも孤児であり、理不尽に家族がいなくなり、世界が終わるという事実を骨身に感じている。そのせいで世界の滅亡現場を見て絶望したり幻滅することがなかったのだ。  だからふたりで出かけていった。  最初は生体コンピューターが示してくれた、熱源反応の場所へと向かう。 「これは……」 「クレーター?」  出かけた先には、大きなクレーターがあった。クレーターが地面を抉り、その周りが不自然に物が無くなっている。そのクレーターより離れると、そこから溶けているものが発見され、クレーターが熱源として周辺にいた人々や物を蒸発させてしまったのだろうということが思い知らされた。 「これは……ここにいたなにかにより、周辺のものが蒸発したってことか」 「それにしても、このクレーター、土じゃないね」 「だな。とりあえず採集しておくか」  クレーター周りの地面をひとまず服のポケットから小瓶を取り出し、慎重に掘って小瓶に流し込んでいった。  とりあえず周りの土や石を集めると、函船に持ち帰って生体コンピューターに観測班情報データベースに該当物質は存在しないか確認はじめた。  生体コンピューター反応待ちの間、ふたりでレーションをいただく。 「この世界、クレーターの場所以外は溶けてるんだよなあ……そして肝心の世界滅亡原因が蒸発していて特定できないと」 「……あのクレーターの場所、土が綺麗だった」 「はあ?」 「ほら」  ユウはラクに小瓶を振って見せる。これはラクが情報データベース検索用に成分を出してもらっているものとは別の部分である。  たしかに砂の粒子ひと粒ひと粒が発光して、振るたびに瞬く。 「……たしかに綺麗だな」 「こんな綺麗な文明でも、滅びちゃうんだね」 「該当データベース一件。滅亡世界ナンバー109に酷似」 「ナンバー109っていうと……」 「たしか宗教世界で滅んだ世界じゃなかったっけ。その世界の魔王と神が戦った末に滅んだって」 「たしか持って帰ってきた成分がどれもこれも生体コンピューターを破壊するほど力を持っていたから、一年近く函船から出られず待機命令だされたんだっけか……あのときは死ぬかと思った」 「ラクは閉鎖恐怖症じゃないでしょ」 「気持ちの問題だよ」  どうもまだ世界滅亡ナンバーの刻まれていないこの世界も、宗教戦争が原因で滅んだようだった。 「だとしたら、ないかな」 「なにが」 「さっきのきらきら発光する砂みたいなもの。宗教戦争で滅んだ世界は、だいたい物が素敵だったりするんだよ」 「俺、ユウのそういうところは全然わかんねえ……」  ふたりはレーションを食べ終えると、レーションパックを一旦捨て、仮眠を取る。残り滞在期間は六日なのだから、無駄にはできない。 ****  滞在二日目、ラクはクレーターの調査のために昨日と同じ場所に出かけるが、ユウはコンパスを手にクレーターから離れた場所へと、バイクを走らせることにした。 「多分ここがこの世界の一番端……」  世界は丸い場所もあれば、平べったい場所もある。この世界は平べったく、これより先は崖になっていて落ちそうだから進むことができなかった。  世界の端に辿り着いたユウは、滅んだはずの世界でかろうじて残っている建物に入っていった。その建物は小さく、土を捏ねたレンガでできているようだった。 「やっぱり。あった」  その建物を開けて、ユウは微笑んだ。  この世界では神を信仰し、祈っていたのだろう。宗教戦争で滅んだ世界は、大概は信仰対象を祭り上げる祭壇なり教会なりが存在している。中には偶像禁止を謳っている宗教も存在するが、そのときは石版なりで信仰内容が刻まれていた。  そこで祀っていたのは、ステンドグラスだった。もっともクレーターがあったような激しい争いの影響だろうか、ステンドグラスの表面すら溶けてしまっていた。ここに人がいないのは、おそらくは宗教戦争が起こった際に、人の命を使って放つ技を使ってしまったせいだろう。  どちらが正義で、どちらが悪だったのか。もう滅んでしまった以上はなにもわからない。  ただユウはステンドグラスをどうにはバイクで持ち込んだガラス切器で慎重に外すと、それを切り取った。  なんの絵が描いてあったのか。どんな信仰があったのか。  あと五日でどれだけ拾えるかはわからないが、それをユウは拾い集めようと思った。 「多分この砂も、これみたいに信仰のものだったんだろうね」  ユウはポケットから小瓶を取り出した。  自ら光る砂は、ステンドグラスと同じような色を帯びていた。 <了>
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