07.Linaria

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07.Linaria

蜷川以蔵が大臣を辞職した。 どのみちあの男の権勢が揺らぐわけもないのに。 巨大な電光掲示板に映し出されたニュース速報を横目に俺はひとりでに鼻を鳴らした。濃い煙草の匂いが充満する車の中で、隣の男もまた、馬鹿にした声を立てた。 「蜷川以蔵、遂に失脚だとよ」 「大衆ってもんはどうにもめでてえな」 「表立って権勢を振るえなくなりゃあ裏から手を回して姑息に立ち回るだけだろうに。永田町に何十年と居座った老獪なジジイが、この程度で幕を引くわけがねえ」 萩原は吐き捨てるようにそう言った。 十年以上に渡って執拗に蜷川や杠葉を追い続けてきたハイエナのような記者は、鈍く光る胡乱な両目で電光掲示板を見上げている。掲示板の横には満月が浮かんでいた。 「で、久しぶりの里帰りはどうだった?」 「相変わらず田舎はクソっすね」 「田舎って言ったって広島の市街地なんかそれなりに栄えてんだろ?まあ、東京と比べちまえば見劣りするだろうがな」 渋谷のスクランブル交差点を横切る群衆を尻目に車は緩慢に滑り出す。木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中。俺と萩原の逢瀬はいつもどこか巨大な街の片隅で行われる。 広島から戻ってきてから既に二週間ほどの時間が経過している。深月と霧生の告発が世に出てからはひと月だ。連日炎上状態だったネットもここ最近は少しこの話題に飽きてきたのか、数日前に発表された人気バンドの解散騒動などに話題を奪われつつあった。
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