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第八章 聖獣九頭龍は受け入れない⑥
「おい! 一番得意な方法って言うから答えたんだろうが!」
反論するや、ツキミが心底呆れ返ったような顔をしてソールの胸へ人差し指をトンと突き立てる。
「いや……だからって素直に答えすぎよ。仮にも創造神の使徒が『殺害』はないでしょう? 本当に返答が小学生並みなのね」
再び小学生と言われて、さすがにソールもカチンときた。……が、言われてみれば確かにそのとおりだし、そう考えると正直に答えすぎたと思わないでもない。
「だ、だから許されるならって言ったろ!? そう簡単に殺すわけねぇだろうが!」
「それって、許可が下りたら殺しちゃうってことよね?」
「あげ足を取んな! 他の方法も余裕でできるっつーの!」
「だったらやって証明しなさい。ホントはアンヌスに敵わないんでしょ?」
「俺は誰にも負けてねぇ」
「ほ~んとかなぁ。実はアンヌスは依頼主まで探せるけど、九頭龍さんは呪った相手だけを撲殺とかで終わらせちゃうタイプだったりして」
(こいつ……!)
まるで自分が殴る蹴るしかできない単細胞のように言われて、さすがにソールもカッとなった。
ここで言葉を投げてしまったら墓穴を掘りそうな予感はあったものの、もう止まらない。
「だったら、後宮へ戻ったらすぐに依頼主と魔術師を探してやるよ!」
「みつけたら、その術者を私の前に連れてきてね。じゃないと証拠にならないし」
「わかってる! その代わり、みつけたら必ず一つ言うことを聞けよ!」
「え? なんで?」
唐突に、ツキミが小さく首を傾げきょとんとした。
あまりに素直な仕草に、ソールも合わせてきょとんとしてしまう。
(……え? なんだ、こいつ)
なぜいきなり子供みたいな顔をするのか。
先程見せた攻撃的な顔とギャップがありすぎて、ドキリとさせられた。
ソールが戸惑っていると、ツキミは言葉を続けた。
「だってチート能力持ちの聖獣のために、非力な人間になにができるの? 敵うはずのない相手へ同等の対価? そんなのフェアじゃないわ」
(アホか! なに言ってんだ、この女は!)
「そうじゃ……」
「そうね、フェアじゃないわねぇ」
「うん、フェアじゃないと思うよぉ?」
「そもそもアタシたちとツキミじゃ能力差がありすぎでしょ」
「だよね。アリとゾウ……ううん、ドラゴン以上だよ」
「え? そんなに違うの?」
「だってツキミ、考えてもみて。アタシたちの本来の姿って、前世では強力な能力を持った空想上の生き物ばかりなの。それがそのまま具現化されてるのよ?」
「そのうえ、さらに創造神様から力も与えられているしね~。仮にツキミたんが同じチート能力を持ってたとしても、自力が違うから差があるよ。だってツキミたんは人間だもん」
「だいたいソール、アナタ護衛なんでしょ? どうして護衛対象に命令してるの?」
「うんうん。やってやるからこうしろって言い方、よくないよねぇ」
「…………」
たった一言だった。
――そうじゃねぇだろ。
この一言……いや、すべてを言い切る前に、ヴィータとアンヌスがツキミの言葉に乗った。
これでは三倍返しどころか、それ以上だ。
もはやヴィータたちは、聖獣である前にツキミと個人的な友人となってしまっている。
(クソッ! だから集団になった女は嫌なんだ!)
……いや、若干一名、外見が女性ではないのだが。
差別だと抗議されそうなので、ソールもそこは無視することにした。
「わかった! 見返りなしでやってやる!」
「あ、見返りはあなたが欲しいなら渡すわよ。試すようなマネをして、ごめんなさい。ちょっとからかうだけのつもりだったんだけど」
ツキミは申し訳なさそうな笑顔になり、会釈するように軽く頭を下げた。
「本当は私、あなたを信じているしね」
頷いたツキミは腕を組むと、ふいに真剣な表情に切り替わった。日本人特有の黒曜石の瞳がまっすぐにソールを射貫く。
意識が……いや、心が正面から捕らえられたことを、ソールの聖獣としての本能が悟った。
「でも少し考えて欲しいの。あなたは無敵でも、私は非力な人間よ? 自分にどんな力があるのかもわからない。魔法が使える世界なんて生まれて初めてだしね」
(なんだ、こいつの――この瞳は)
それはときおり瞳に紫がかった光が乗る。奇妙な力だった。
瞳に光が乗ると、言葉にも力が宿り、強い説得力が生まれてくる。
すると不思議なことに、どんどんツキミへ心が惹かれていく。
ソールはいつしか、彼女から目が逸らせなくなっていた。
「知らないって怖いものよ。地上へ戻ったら、呪われた知らない体に戻らなければならない。知らない王国を継がなければならない。現状を知らずに再建させなければいけない。私は……そんなに出来た人間ではないのよ」
……嘘だろ? おまえは違う。
思わず、そんな言葉が口からこぼれそうになった。
なぜかはわからない。ただ、ツキミは普通の女ではない。自覚がないだけだ。
おそらく前世で、周囲の者たちは月見彩良という女の言葉に心酔したのではないだろうか。
彼女に命令されれば、喜んで仕事をしたのではないか。
仮にその者がソールと同じ自衛隊隊員だったとしたら、率先して危地へ行ってしまうような……そんな危うさがある。
「だけどソール。あなたには力があるんでしょう? ひ弱な私を守れるだけの無敵の力がね。たとえ創造神様の命令だったとしても、私にはありがたい話だわ」
「……創造神様たちは、俺たちに命令はしねぇよ」
ソールがやっとの思いで口に出せた言葉はそれだけだった。
無意識に大声でもあげたら、ツキミが放つ恍惚感にも似た束縛に抵抗できなくなってしまっただろう。
別段抵抗しなくても受け流せるとは思うものの、初めての体験だったこともあり、ソールは妙に緊張してしまっていた。
「そうね、うん。あの女神様なら、そうかもしれない」
ツキミが目を伏せて、地面へ視線を落とした。
とたんに、ふっと体が楽になる。それでソールは確信した。
ツキミは――自分でも理解していないスキルを持っている。
(こいつ……本当に日本人、だったのか……?)
遠のくツキミの背中を見ていたソールの脳裏に、そんな疑問が湧いた。
だが、どう見てもツキミの容姿は東洋人のそれでしかない。そして、間違いなく同郷。ソールが前世で何十人と見てきた面立ちだ。
だがスキルという特殊能力は、地球で暮らす人間たちには持てない。
地球は『そういった能力を持たない世界』として成り立っているからだ。
それが、地球という世界を創った創造神の意思なのだろう。
アンティークゥムは逆で、『そういった能力を持つ世界』として、創造神たちが創り上げている。
だからスキルも魔法も存在する。
すべては創造神たちの意思ひとつ。
創造神たちのさじ加減一つで、世界はいかようにも変わるのだ。
「ヴィータ、アンヌス」
「なぁに~?」
ソールが呼びかけると、ヴィータとアンヌスが同時に顔を上げた。
「ちょっとここから離れたい。ランスロットが戻ってきたら、二人を地上に戻してやってくれ。あと俺が戻るまでツキミの護衛を頼む」
「えぇ? 呪いを解くのはどうするの~?」
「戻ったら俺がやる。別に急ぐもんでもねぇだろ」
「ふぅん……。ま、いいけど」
ソールが珍しく真顔で答えたからだろう。二人ともさして文句は言わなかった。
もしかしたら二人は、ソールが行きたい場所に気づいているのかもしれない。
さりげなくツキミを見ると、彼女はいつの間にかソールたち三人から距離をとっており、辺りを見渡している。散策しているようだ。
ソールの視線に気づくと一瞬首を傾げ、視線を返してきた。
それに応えることなく、ソールはその場から姿を消した。
To be continued ……
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最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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