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第八章 聖獣九頭龍は受け入れない⑦
☆★☆★☆
「あ~あ。行っちゃったわ、アイツ」
アンヌスがため息まじりに呟くと、ヴィータが楽しそうに笑った。
「まぁ、仕方ないんじゃないかなぁ。確かにちょっとツキミたんのスキルは異常だもの。まして前世が、あたしたちと同じ地球の人間だったんだしねぇ」
地球の転生者が異世界へ渡る際、ほとんどの者がスキルを獲得する。
その際に取得できるスキルは二種類。基本スキルと特殊スキルだ。
基本スキルは『鑑定』『身体強化』『魔力増幅』『収納』『無効』……等々、どの種類をいくつ受け取るかはランダムで、生まれ落ちるまでわからない。
かたや特殊スキルの内容は人によって違い、その能力の強さもさまざまだが、物理攻撃や魔法攻撃、精神攻撃、治療系、バフ系、支配系に至るまで、スキルの種類は多岐にわたる。
それこそ思いつくかぎりの能力があるのではないかと思われるが、そのすべては聖獣に対して使用できるものではない。
アンティークゥムを故郷として生まれ育つ者たちでさえ、スキル獲得は五割の確率、どちらか一種類のみもありえるという世界の法則のなかで、転生者だけは違う扱いを受ける。
それでもスキルを獲得できるのは、スキルを持たない人間ではアンティークゥムを行き残れないと考えた創造神たちの配慮だろうと、聖獣たちは考えている。
「アレ、オパルス連邦王国を創った英雄が持っていたヤツだよねぇ」
「あら……見たの?」
「アンヌスだって鑑定できるじゃ~ん」
「まぁ、ね。違和感あったもの」
もう何千年も前の話なので、ヴィータもアンヌスも記憶に残っていなかった。
もっとも千年単位の長命種である聖獣が、たかだか百年程度の寿命しかもたない人間の中身を覚えていろというほうに無理があるのだが。
「とはいえ、ちょっと……強力すぎるわよね」
「うん、あいつが警戒する気持ちはわかるよぉ。あたしも一瞬、警戒したもん」
王族特有のスキルだとしても、聖獣へ影響を与えられるものはない。
それがツキミのスキルだけは、ヴィータやアンヌスの本能へ警鐘を鳴らさせた。
そして警戒した理由はもう一つある。しかし二人ともに、そのもう一つがどうしてもはっきりと思い浮かばない。
とても大事なことのような気がするのだが、考えると頭に霞がかかったようにもやもやとする。
だからだろうか。ヴィータもアンヌスも、結果としてスキルの影響を甘んじて受けた。
彼女の性格が人懐っこく、魅力的に思えたからだ。
心地よい束縛を感じつつ、ツキミに対して芽生える好感、そして敬意。その滅多に受けることのない感覚を二人はあえて楽しんだ。
もっとも、その考えすらもスキルのせいかもしれないと、軽い不安が脳裏をかすめなかったわけでもない。
そして、なぜこんなに強力なスキルが存在しているのかも疑問だった。
「アタシたちもアジトに戻ったら、創造神様たちに願い出たほうがいいわね」
「うん。あ、他のメンバーにも伝えておこっか。あたしたち聖獣が人間に対して平等を保てないようになったら、ちょっと問題だもんねぇ」
そのとき、ツキミがゆっくりと戻ってきた。
「あれ? ソールは?」
「たぶん、創造神様たちのところだよ~」
「え? なんで? 問題でも起こった?」
驚くツキミの問いかけに、アンヌスがゆっくりとかぶりを振った。
「アイツ、変なところで真面目なの」
「普段はムンドゥスとバカばっかやってるのにね~」
「あはは。そうなんだ」
「でもソールが戻るまで、あたしたちが護衛をするよ~」
「呪いはソールが解くそうだから、安心してちょうだい」
するとツキミは「そんな、無敵の聖獣様二人もなんてもったいない」と笑う。
聖獣たちは、そんな彼女の屈託のない笑顔を見て思う。
ツキミが建て直すオパルス連邦王国の未来は、どんなものになるのだろうか、と。
そして護衛を命じられたソールは、彼女をどう扱うのだろうか……と。
不安ではなく、期待が勝った。
今までのソールは、ずっと消極的だったから。
五千年前になにかあったようだとは認識しているものの、アンヌスもヴィータもそれ以降に生まれた聖獣であるため、そのときのことを詳しく知らない。
そして、それを知る仲間は二人ともに口を堅く閉ざしている。ソール自ら語らない限り、彼らが口を開くことはないだろう。
ソールは決して臆病な男ではない。
だが、フームス火山の山頂近くに聖獣や補佐聖獣が全員住めるような山小屋を建てたり、山の麓に大きな果樹園を造ったりするなど、悪ノリを本気で成し遂げてしまう茶目っ気はあるものの、使徒としての仕事には消極的なところがあった。
今回の一件も、もっとも消極的だったのがソールだ。
「どっちでもいい」という立ち位置は、聖獣としての意思が薄すぎる。
そして、彼のそんな態度を心配したのが、年長者である聖獣ククルカンのボヌムだった。
もちろんヴィータもアンヌスも気にはなったが、詮索は避けた。
ソールが自ら語ってくれるほうが好ましいからだ。
「……ま、創造神様方も、きっとお考えあってのことだろうし」
「心配してくださってるんだもんねぇ」
創造神たちは聖獣を使徒と認定しているが、決して配下として使わない。
自らが生み出した神々と等しく、我が子のように扱ってくれている。
とはいえ、ソールの疑問に対して創造神たちはどう答えるのか。
ヴィータもアンヌスも興味があった。
ソールも含め、ツキミを取り巻く者たちがどう踊るのか、それを見届けてみたい。
それは長命種にありがちな退屈な日々が、少しはマシになるかもしれないことだから。
目の前で楽しげに語りかけてくるツキミの言葉に頷きながら、ヴィータとアンヌスはまだ見えない未来を考えた。
To be continued ……
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